2012年5月に中国北京ツアーに参加した6名から複数の腸管出血性大腸菌(EHEC) O111, O145, O157, O165が検出されるという事例に遭遇した。外国旅行、複数血清型菌による感染という特異事例と考えられるので、検査状況を中心に報告する。
事件の探知
2012年5月11日に川崎市在住の男性からEHEC O165(VT1・VT2産生)が検出され、発生届が提出された。この患者は5月7日夜から軟便、8日正午過ぎに激しい下痢・腹痛を呈し、同日夜間救急を受診して検便を採取した。患者には渡航歴があり、5月1~4日に同僚2人と中国(北京)ツアーに参加していた。同行者に症状はなかった。本ツアーの参加者は50数名であり、5月14日・15日に川崎市からツアー参加者の居住地自治体(20数自治体)に調査依頼が出された。
東京都の検査結果
東京都内の調査対象者(同行者)は約20名であり、そのうち13名のふん便(発症者2名、無症状11名)が5月16日~29日にかけて東京都健康安全研究センターに搬入された。初発患者からEHEC O165が検出されたため、依頼検査項目はEHEC O165であった。
5月16日に家族3名(父・母・子)のふん便が搬入され、EHEC O165が検査対象であったため、直接分離平板としてソルボースマッコンキー寒天(SorMAC)、ソルボース・ラムノースマッコンキー寒天、エンテロヘモリジン血液寒天培地、DHL寒天を用い、増菌培地はトリプチケースソイブロス(TSB)で37℃一夜培養した。また、念のために、CT-ソルビトールマッコンキー寒天(CT-SMAC)を追加した。
増菌培地からPCR法でVT遺伝子をスクリーニングした結果、2検体がVT1・VT2陽性となり、O165の存在を確信して検査を進めた。しかし、子供からはO157(VT1・VT2) とO145(VT2)が、父親からはO157(VT1・VT2) 、O111(VT1)、O145(VT2)の3種類のEHECが検出された。これらの菌は直接分離平板で容易に検出できたものもあれば、O165を検出するために平板1枚から100集落以上調べたがO165は検出されず、数集落がたまたまO157とO145であった。
このような検査結果から、以降搬入された検体については分離培地としてクロモアガー STECやCT-RMAC、CT-SorMACを、増菌培地にノボビオシン加mEC培地(N-mEC)やmECを追加して検査を行なった。EHECが検出された2検体のふん便について、上記の方法で再検査を行なった結果、子供のふん便からもO111(VT1)が検出された。
最終的に13名のいずれからもEHEC O165は検出されなかったが、発症者2名(父・子)から、それぞれEHEC O157:H7(VT1・VT2)、O111:NM(VT1)、O145:NM(VT2)の3種類のEHECが検出された。増菌培地としては、N-mECやmEC培地が比較的良かった
藤沢市の検査結果
調査対象者(同行者)2名のふん便検査が行われ、1名から東京都と同様に、EHEC O157:H7(VT1・VT2)、O111:NM(VT1)、O145:NM(VT2)の3種類のEHECが検出された。他の1名は陰性であった。直接培養には、DHL寒天、CT-SMAC、クロモアガーSTECを用いた。また、増菌培養としては、N-mECの37℃および42℃培養、mEC培地42℃培養を行った。その結果、直接培養では、クロモアガーSTECからO111:NM(VT1)、O145:NM(VT2)が、DHLからO145:NM(VT2)が検出された。増菌培養では、N-mEC・37℃/42℃、mEC・42℃培養からO157:H7(VT1・VT2) 、O111:NM(VT1)、O145:NM(VT2)のEHECが検出されたが、1種類の増菌培地から3種類の菌全てが検出されたものは無かった。
検出された菌の性状
検出された菌株について制限酵素XbaⅠを用いたパルスフィールド・ゲル電気泳動を行なった結果、血清型毎にほぼ同じ泳動パターンを示し同一起源由来と推定された(図1)。薬剤感受性試験(14薬剤:CP, TC, SM, KM, ABPC, ST, NA, FOM, NFLX, CTX, AMK, CPFX, IPM, MEPM)では、O157とO111は感受性、O145はTC耐性であった。
まとめ
本事例は東京都および近隣県の複数の複数の自治体で患者の発生がみられ、その発生届に基づく集計により、神奈川、東京、千葉、静岡の4都県で発症者5名、無症状者1名の合計6名から4血清型のEHECが検出されたことが明らかとなった(表1)。
ツアーの旅程表などは入手できなかったが、ゴールデンウイーク中の「定番パッケージツアー」で、ホテル・航空機などは微妙に異なるが、行動や食事が一緒のツアー客であった。食事はツアープランに付いている3食(基本的に火が通った物)以外に各自、屋台や現地レストランで食事をしていた。感染源としては旅行先での食事が疑われたが、特定はできなかった。
今回の事例では、検査依頼項目がEHEC O165であったが、実際には最初の発生届事例以外O165は検出できず、他の血清型で毒素型が全て異なる3種類のEHECが検出された。検査開始が既に発症から10日以上を経過し、排菌量も少なかったことから検査では非常に苦労した。EHECで汚染されている食物や水を摂取した場合、必ずしも1種類の血清型菌に限らず、複数菌が検出される場合もあり注意が必要である。本事例では、PCR法によるスクリーニング検査が非常に有効であったが、今後、さらに効率的で汎用性の高い検査方法の確立を目指していく必要がある。
本事例の疫学調査は、川崎市健康福祉局健康安全部健康危機管理担当、国立感染症研究所をはじめ、多くの方の協力により行われた。この種の事例の原因を明らかにするためには、より迅速な自治体を超えた連携が非常に重要である。
川崎市健康安全研究所 消化器・食品細菌担当
藤沢市保健所 衛生検査課
千葉県衛生研究所 細菌研究室
静岡市環境保健研究所 微生物学担当
東京都健康安全研究センター 微生物部