インフルエンザウイルスは変異性に富んでいて、流行するたびにその型を変えています。そのために、現段階では流行する型を正確に予測し、流行株と一致したワクチン株を製造できない場合もあります。しかし、予測と違うウイルス株のインフルエンザの流行に対して、ワクチンの接種が無意味かといえば、決してそうではないようです。
インフルエンザの感染を完全に予防することはできないまでも、重症化を防ぐ効果があることは多くの疫学的研究の結果として報告されています。
表1 は1996/1997 年の冬季に都内の特別養護老人ホーム入所者にみられたA 香港型インフルエンザの流行とワクチン接種効果を調べたものです*1。入所者には本人の希望により、1996 年の秋にワクチン(A
山形H1N1、A 武漢H3N2、B 三重)が接種されました。ワクチン接種者16 名と非接種者84名の計100 名について発症の有無、発熱の程度を比較したところ、ワクチン接種群の発症率が25.0%であったのに対して、非接種群では58.3%と明らかに高いことがわかりました。発熱の程度も接種群が微熱あるいは無熱であったのに対して、非接種群では大半が38℃を超える高熱を呈し、頭痛や喘息の誘発、喀痰の出現などの重い症状があらわれる例が多く、4 名は発症後1〜16日目に喘息発作、肺炎、全身衰弱などで死亡しました。
インフルエンザHAワクチンを接種すると血清中の抗体価が上昇し、感染に対する抵抗力が高まります。
表1. インフルエンザ流行施設におけるワクチン接種効果
ワクチン+ | ワクチン− | 計 | |
例数 | 16 | 84 | 100 |
発症 | 4 (25.0%) | 49 (58.3%) | 53 |
≧39℃ ≧38℃ ≧37℃ <37℃ (死亡) |
0 0 2 2 4 |
12 26 10 1 4 |
12 26 12 3 4 |
非発症 | 12 (75.0%) | 35 (41.7%) | 47 |
図1はA/武漢/95 株およびA/シドニー/97 株のワクチン接種による抗体価の変化を調べた結果を示しています。
注目すべき点は武漢株のワクチンを接種すると武漢株と同時にシドニー株に対する抗体価も上昇し、シドニー株のワクチンを接種した場合は武漢株に対する抗体価も上昇する現象が認められることです。
インフルエンザウイルスの抗原変異はエンベローブ上に配置されたHA 分子の立体構造中の一部のアミノ酸が置換して生じます。実際に、A/武漢/95
株とA/シドニー/97株では図2に示したHA 分子立体構造中の番号を付した位置でアミノ酸の置換が確認されています*2。このようにウイルス抗原の一部が変化しても、全体に対する免疫はある程度保持されるかもしれません。
*1 病原微生物検出情報月報Vol.18,No.10,234-235,1997,国立感染症研究所
*2 東京都立衛生研究所微生物部ウイルス研究科の研究結果に基づくHI抗体価