死亡者1名を伴ったサルモネラ食中毒事例(第17巻、4号)
1996年4月
サルモネラによる食中毒は1989年以降全国的に急増している。既に本誌(第13巻第2号,第15巻第2号)でも紹介したように,これは血清型 Enteritidis(以下SEと略す)による事例が激増したことに起因している。東京都内においてもSEによる食中毒の発生は,1988年以前は年間1〜2事例に過ぎなかったが,1989年以降は10〜25例と激増している。1995年の東京都内の食中毒発生件数は80件で,その内サルモネラによるものが22件,中でもSEによるものは16件で,全食中毒事例の20% を占めている。そして,これら16件中 5件は患者数100 名以上の大規模なものであったことも注目される。
このようにSEによる食中毒の多発が危惧されていた中,本年4月に都内において本菌による死者1名を伴った家庭内での食中毒が発生した。本報ではこの事例について、その概略を紹介する。
平成8年4月11日午前6時から11時にかけて,両親と長女(17才),長男(14才)の一家4人が食中毒症状を呈した。主な症状は,下痢(10回〜数10回),吐き気,腹痛,発熱(4名中2名は38℃以上)であった。そのため翌12日は家族4名全員が自宅で寝込んでいた。午後9時過ぎに母親が長男の異常に気付き救急車を呼んだが,既に死亡していた。遺体は,監察医務院で行政解剖され,血液や胃・腸管内容物の計7検体が衛生研究所に検査のため搬入された。その結果,これらの全検体からSEが検出された。そのファ−ジ型は現在最も多く検出されている1型であった。また,両親の糞便材料からもSEが検出された。この事例は4人の発病時間が集中していること,この家族以外の関係者に発病者がないことから,原因食は単一暴露の飲食物である可能性が高く,4名の共通食を中心に担当保健所によって調査が行われた。
4人の共通食と潜伏時間から4月10日の夕食として喫食した「ニラ卵炒め」と「納豆と生卵」が原因食として疑われたが,これらの食品が残っておらず原因食を特定するまでには至らなかった。この他,使用水(タンク水)は病原菌陰性であったが,家庭内の台所および調理器具などが広範囲にSEに汚染されていたことが判明した。
「ニラ卵炒め」と「納豆と生卵」は,いずれも家庭内で調理後直ちに喫食されていたが,「ニラ卵炒め」の卵は半熟状態の加熱程度であり,また使用された鶏卵は,殻が1cm程度欠けて中身がこぼれそうなので茶碗に入れ,一晩冷蔵庫外に放置されていたことが後の調査でわかった。仮にこの鶏卵がSEに汚染されていたとしたら一晩放置中に菌が増殖した可能性も考えられる。本事例で死亡した長男は,日頃は極めて健康であり,発病前にも特に異常は認められず,発病後その翌日には死亡するという極めて痛ましい事件であった。
1976年以来,わが国で発生したサルモネラ食中毒による死亡例は,表に示したように前半の10年間では14名で,その半数は当時の主要流行菌型であったS.Typhimurium によるものであり,SEによるものは認められていない。その後6年間は死亡例は報告されなっかた。しかし,1992年に佐賀県でSEによる死亡例が報告されて以来,1995年に神奈川県で,また,本年には前述の東京の事例の他,5月に山形県においてSEによる死亡が各1例確認されている。
現在,鶏卵を原因とするSE食中毒が全国的に多発し,死亡例も認められ,深刻な事態となっている。積極的な本菌食中毒防止対策が強く望まれる。
微生物部 細菌第一研究科 甲斐明美
わが国で発生したサルモネラ食中毒における死亡事例 ───────────────────────────────── 原因菌の血清型 期 間 死亡者数 ─────────────────── Typhimurium Enteritidis その他 不明 ───────────────────────────────── 1976〜1980年 9(2) 3(1) - 3(1) 3 1981〜1985年 5(2) 4(2) - 1 - 1986〜1990年 - - - - - 1991〜1995年 2 - 2 - - 1996年1 〜5 月 2(1) - 2(1) - - ───────────────────────────────── 計 18(5) 7(3) 4(1) 4(1) 3 ───────────────────────────────── ( ):東京都内で発生した事例の再掲