ベロ毒素産生性大腸菌O157による食中毒の多発(第17巻、5号)
1996年5月
ベロ毒素産生性大腸菌(VTEC)O157による下痢症が、わが国において注目されるようになったのは、1990年埼玉県浦和市の某幼稚園で発生した患者数250余名に上る集団下痢症事件で2名の園児が死亡したことに始まる。その後、わが国の本菌による集団下痢症は影を潜めたように見られていたが、今回の騒ぎの発端となった岡山県邑久町の事件発生までに、既に大阪府、佐賀県、東京都、広島県、及び奈良県で集団発生があり、広島県の例では1名の死亡者も確認されている。
本報では、今回のVTECO157による一連の事例について、厚生省が7月11日までにまとめたデ−タを基に、その概略を紹介する。
事件は、5月28日に岡山県邑久町において、保健所に食中毒様症状患者発生の届け出に始まる。その後の調査で、468 名の患者(下痢、腹痛などの症状を示した者)が認められ、26名が入院していることが判明した。そしてこのうち6月1日に6才の女児、更に6月5日に同じく6才の女児が犠牲となった。なお、前者の女児は、5月25日頃から、食中毒様症状で入院治療を行っていたが溶血性尿毒症性症候群(HUS) を併発し死亡した。一方、細菌検査で、VTECO157が検出された者が、学童、幼稚園児あるいは教師に限られていたため、原因食品は同町の学校給食共同調理場で5月22日か23日に調整された給食の可能性が高いと推定されたが、事件が判明した時は、既に検食用として保存されていた物は処分され、原因食品を特定することはできなかった。またこの他に、学童や園児の家族に二次感染と考えられる患者が認められている。
この事件を契機に、厚生省に全国からVTECO157による食中毒あるいは食中毒の疑い事例が相次いで報告された。そのうち主な事例を見ると、前述の岡山県の事例の後、6月10日に岐阜県岐阜市内の小学校において患者数371名の学校給食による事件が発生した。この事件では、後に検査材料のうち食品の一部が都立衛生研究所に送付され、検査の結果、おかかサラダからVTECO157菌を検出している。この他、6月11日に広島県東城町の小学校で患者185名の、 これも学校給食が原因と考えられる事件が発生、更にこの町から約20Km離れた岡山県新見市で同様に患者390名の事件が発生した。これらの事件では幸い死亡者はなかったが、6月20日名古屋市内で届け出があった、親子6人の家族の3兄弟が発症した事例では1名の死亡が報告されている。この死亡者は5月24日に発症、2週間後の6月8日に死亡している。この患者からは菌の検出はなかったもの、患者の臨床症状と、大腸菌O157に対する血中抗体価が上昇していたことで診断されている。
7月11日までに厚生省に報告された事例は、表に示したように集団例が9件、及び散発例(家族内発生も含む)が141 件である。これらの事例は、北は青森県から南は熊本県まで1都1府27県にまたがり、その患者並びに有症者は1,823名を数え、死亡者は前述の小児3名と、神奈川県の1例(84才の女性が7月1日に発症し、7日にじん不全で死亡)の合計4名であった。
一方、これらの事例の原因食品は、現在のところ、前述の岐阜県の小学校で発生した1事例で明らかにされた以外、いずれも特定するに至ってない。その理由は、本菌感染症の潜伏期が他の下痢症に比べ長く、発症前の食べ物などがすでに処分されており検査ができないこともその一因である。しかし、この菌は欧米などでは牛など家畜の腸管に分布することが知られており、肉類も重要な原因のひとつと考えられている。
本菌食中毒の早急な予防対策が求められているが、厚生省では、急遽特別研究班を発足させ、原因菌の特徴、食品の流通経路、また食肉の汚染実態調査など、原因の究明や予防対策を進めている。
微生物部 細菌第一研究科 太田建爾
1996年5月下旬から7月初旬にかけて報告 された腸管出血性大腸菌O157 の流行例 ───────────────────── 地 域 集団例 散発例* ───────────────────── 北海道 - - 東 北 - 5 関 東 2 ( 163) 28 中 部 2 ( 401) 35 近 畿 1 ( 50) 44 中 国 3 (1,017) 19 四 国 - - 九 州 1 ( 48) 8 ───────────────────── 計 9 (1,679) 141 ───────────────────── 7月11日現在、( ):患者数、29都府県 *:家族内発生を含む