東京都における輸入細菌性下痢症、1995年(第17巻、7号)
1996年7月
1990年に一千万人を突破した我が国からの海外旅行者数は、1995年には一千五百万人を越え、依然として増加傾向にある。1995年2〜3月には、インドネシアのバリ島旅行者にコレラ患者が多発した(本誌16巻、第2号参照)ように、あいかわらず輸入感染症は減少する傾向にない。本号では、昨年一年間(1995年1月〜12月)に海外旅行者を対象に実施した病原菌検索成績についてその概略を紹介する。
この一年間に衛生研究所において実施した海外旅行者検便数は前年よりかなり多い 2,368件であった。そのうち便採取時に下痢症状のあった下痢現症者は267 件、下痢既往者および健康者は 2,101件であった。これらのうち、何らかの既知腸管系病原菌が検出されたのは、下痢現症者群で 171件 (64.0%) 、下痢既往者・健康者群で 611件(29.1%) 、全体では782 件(33.0%) と例年同様の検出率であった。2種以上の病原菌の同時検出例は、下痢現症者群陽性者の22.2% に当る38件(2種27件、3種11件)、また下痢既往者・健康者群陽性者ではその17.7% の 108件(2種94件、3種13件、4種1件)に認められた。
検出病原菌を検出頻度順に見ると、下痢現症者群では例年同様毒素原性大腸菌が 103件と最も高率で検出病原菌の47.7% を占め、次いでプレシオモナス26件(12.0%) 、サルモネラ22件(10.2%) 、エロモナス16件(7.4%)、 赤痢菌15件(6.9%)、カンピロバクタ−13件(6.0%)、コレラ菌9件(4.2%)であった。一方、下痢既往者・健康者群においては、プレシオモナスが最も多く 161件(21.6%) 、次いでチフス菌及びパラチフスA菌を含むサルモネラ 159件(21.3%) 、エロモナス 111件(14.9%) 、カンピロバクタ−104 件(13.9%) 、毒素原性大腸菌98件(13.1%) 、赤痢菌30件(4.0%)、腸炎ビブリオ30件(4.0%)、であった。
コレラ菌は下痢現症者群から9件、及び下痢既往者・健康者群から5件、合計14件が検出された。これらはいずれもエルト−ル型でその血清型は小川型であった。このうち10件は上述したインドネシアのバリ島旅行者から検出されたもので、残りの4件はタイ2件、及びフィリピン、中近東旅行者が各1件であった。
赤痢菌は合計45件検出され、その血清型はソンネ菌38株(84.4%)、フレキシネル菌5株(11.1%) 、及びディセンテリ−菌とボイド菌がそれぞれ1株(2.2%) であった。
過去10年間の東京都における海外旅行者検便からのチフス菌検出は、1987年と88年にそれぞれ2件と1件が検出され、その後7年間は認められていなかった。しかし、昨年(1995年)はインド旅行者から1件検出された。また、パラチフスA菌も北朝鮮長期滞在者の同一グル−プより5件検出された。なお、その他のサルモネラは 175件で、その主要O血清群はO9群44株(25.1%) 、O3,10群42株(24.0%) 、O4群34株(19.4%) 、O8群27株(15.4%)、及びO7群22株(12.5%) であった。
微生物部 細菌第一研究科 松下 秀
海外旅行者からの腸管系病原菌検出状況 (東京都立衛生研究所 1995年) ─────────────────────────── 種 別 下痢現症者 下痢既往者 合計 健康者 ─────────────────────────── 検査件数 267 2,101 2,368 病原菌陽性者数 171 611 782 (%) (64.0) (29.1) (33.0) ─────────────────────────── 検出病原菌 チフス菌 - 1 1 パラチフスA菌 - 5 5 その他のサルモネラ 22 153 175 毒素原性大腸菌 103 98 201 プレシオモナス 26 161 187 エロモナス 16 111 127 カンピロバクタ− 13 104 117 赤痢菌 15 30 45 腸炎ビブリオ 5 30 35 病原大腸菌・血清型 5 29 34 コレラ菌(毒素産生) 9 5 14 ナグビブリオ 1 8 9 組織侵入性大腸菌 - 8 8 ビブリオ・フルビア 1 1 2 ビブリオ・ミミクス - 2 2 ───────────────────────────