東京都における輸入細菌性下痢症 1996年(第17巻、12号)
1996年12月
我が国からの海外旅行者数は、1995年には年間一千五百万人を突破し、その後も依然として増加し、恐らく1996年の1年間では一千六百万人を越えているものと見られる。こうした中、一昨年(1995年)の2〜3月にかけてインドネシア・バリ島旅行者間でコレラ患者が多発し、その数は我が国で輪入感染症が社会問題として取り上げられて以来最大となり(本誌16巻、第2号参照)、あらためて防疫対策の面で注目された。本号では、1996年1月〜12月の東京都における海外旅行者下痢症の病原菌検素成績についてその概略を紹介する。
この一年間に、衛生研究所において実施した海外旅行者検便数は、1,892件であった。そのうち便採取時に下痢症状のあった下痢現症者は225件、下痢既往者および健康者は1,667件であった。これらのうち、何らかの既知腸管系病原菌が検出されたのは、下痢現症者群で141件(62.7%)、下痢既往者・健康者群で457件(27.4%)、全体では598件(31.6%)と例年同様の検出率であった。2種以上の病原菌が同時に検出された例は、下痢現症者群陽性者では33.3%に当る47件(2種35件、3種10件、4種1件、5種1件)、また下痢既往者・健康者群陽性者ではその19.5%の89件(2種78件、3種9件、4種2件)であり、同一検査材料から複数の病原菌が検出された例は、例年より高頻度であった。検出病原菌を検出頻度順に見ると、下痢現症者群では例年同様毒素原性太腸菌が83株と最も高率で検出病原菌の41.1%を占め、次いでプレジオモナス30株(14.9%)、カンピロバクター22株(10.9%)、サルモネラ21株(10.4%)、エロモナス20株(9.9%)、赤痢菌9株(4.4%)、腸炎ビブリオ7株(3.4%)、病原血清型大腸菌6株(30%)の順であった。一方、下痢既住者・健康者群においては、カンピロバクターが最も多く119株(21.0%)が検出され、次いでサルモネラ103株(18.1%)、エロモナス96株(16.9%)、プレジオモナス71株(12.5%)、赤痢菌25株(4.4%)、腸炎ピブリオ23株(4.1%)、病原血清型大腸菌20株(3.5%)の順であった。コレラ菌は下痢現症者2名と既往者1名から検出された。これはいずれもエルトール型でその血清型は小川型であった。また、それぞれの推定感染国は前者がインドとインドネシア、後者がタイであった。赤痢菌は34名から34株が検出され、その内訳はソンネ菌25株(73.5%)、ブレキシネル菌6株(17.6%)、およびボイド菌3株(8.8%)で、ディセンテリー菌は検出されなかった。サルモネラは119名から124株が検出された。その主要O血清群O3、10群30株(24.2%)、O7群26株(21.0%)、O9群23株(18.5%)、O4群20株(16.1%)、O8群19株(15.3%)、その他6株(4.8%)であった。なお、本年はチフス菌およびパラチフスA菌は検出されなかった。
微生物部 細菌第一研究科 野口やよい
海外旅行者からの腸管系病原菌検出状況(東京都立衛生研究所 1996年) ─────────────────────────────────── 種 別 下痢現症者 下痢既往者・健康者 合計 ─────────────────────────────────── 検査件数 225 1,667 1,892 病原菌陽性者数 141 457 598 (%) (62.7) (27.4) (31.6) ─────────────────────────────────── 検出病原菌 毒素原性大腸菌 83 95 178 カンピロバクタ− 22 119 141 サルモネラ 21 103 124 エロモナス 20 96 116 プレシオモナス 30 71 101 赤痢菌 9 25 34 腸炎ビブリオ 7 23 30 病原大腸菌・血清型 6 20 26 ナグビブリオ 2 7 9 組織侵入性大腸菌 - 4 4 コレラ菌 (毒素産生) 2 1 3 ビブリオ・フルビアリス - 3 3 ビブリオ・ミミクス - 1 1 ───────────────────────────────────