無菌性髄炎及び脳・脊髄炎由来のウイルス(第18巻、1号)
1997年1月
無菌性髄膜炎及びウイルス性脳・脊髄炎は、神経系の代表的なウイルス感染症である。前者ではエンテロウイルス、ムンプスウイルスが、後者では加えて単純ヘルペスウイルス、水痘・帯状疱疹ウイルスなどが多く検出されている。無菌性髄膜炎は、発熱と髄膜刺激症候及びリンパ球増多・軽度タンパク質増加などの特徴的髄液所見を示す。一般に重症化するものは少なく予後は良好であるが、脳実質に病変が波及すれば脳炎を合併することがある。脳炎は全身性感染症の合併症が殆どで、ウイルス血症に引き続く血行性伝幡や神経軸策輸送などでウイルスが脳に侵入、炎症を起こしたもので、近年では、インフルエンザウイルスによる脳炎併発が問題になっている。
無菌性髄膜炎の全国的な発生は、1991年のエコーウイルス30型による大流行、並びに1989年及び90年の同ウイルスによる流行は別として、例年約2,000名の患者数が報告され横這いの状態にある。また、検出されるウイルスは、同じエンテロウイルスではあるがエコーウイルス30型からエコーウイルス9型や11型へ推移し、さらに1994年からはコクサッキーB群ウイルスが主役となっている。一方、東京都における無菌性髄膜炎の発生は、全国の場合と同様1991年に180例と多発であったが、その後1994年までは例年約70例程度で推移し、95年、96年ではそれぞれ51例、59例とやや滅少傾向にある。表に、1994年から96年8月までの束京都感染症サーベイランス事業の中で、無菌性髄膜炎及び脳・脊髄炎と診断された症例由来の臨床材料についてウイルス検査を実施した結果を示した。検査対象者は合計96名で、このうち26%に当たる25名から未同定ウイルスを含む6種類のウイルスが検出された。その内訳はコクサッキーB群ウイルスが11名(同一検査材料から2種分離された例があり、分離株数は19株)から、次いでムンプスウイルスが6名から、その他エコーウイルス、アデノウイルス、及びサイトメガロウイルスがそれぞれ3名から分離された。最も多く分離されたコクサッキーB群ウイルスは諸種の検査材料から、比較的良く分離されるウィルスの一種であるが、本ウイルスは、時に母子感染により新生児に全身感染を引き起こしたり、また近年では心筋症や小児糖尿病等との関連が示唆されている。昨年、都内において脳・脊髄炎と診断され死亡した5才の女児からコクサッキーウイルスB群が検出されている。ムンプスウイルスは髄液から4株、及び糞便、咽頭ぬぐい液からそれぞれ1株検出された。本ウイルスによる髄膜炎の予後は一般に良好であるが、時に膵臓炎や心筋炎を合併したり、まれに脳・脊髄炎で死をもたらすこともある。一時、問題になったMMR三種混合ワクチン接種に由来する髄膜炎は減少したが、東京都における流行性耳下腺炎は1989年の大流行は別として、1992年以降、徐々に増加し、1996年には前年の2.6倍に当たる5,662例報告され再び流行の兆しを見せ始めている。今後は本症も含め髄膜炎との関連について引き続き監視が必要であろう。
微生物部 ウイルス研究科 佐々木由紀子
無菌性髄膜炎及び脳・脊髄炎患者の検査材料別ウイルス検出状況 (1994年〜96年8月)
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年 1994 1995 1996 計
検査対象患者数 44 30 22 96
ウイルス陽性者数 4 5 16 25
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検出ウイルス 髄液 糞便 咽頭ぬぐい液 尿 計
(n=75) (n=18) (n=34) (n=4)
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コクサッキーB群 3 9 7 – 19*
ム ン プ ス 4 1 1 – 6
エ コ ー 2 1 – - 3
ア デ ノ 1 1 1 – 3
サイトメガロ – - – 3 3
未 同 定 1 2 – - 3
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* : 検出株数(複数の材料から同時に検出された例、並びに同一材料から
2種のウイルスが検出された例も含む)