過去15年間の東京都におけるブドウ球菌食中毒発生の動向(第18巻、9号)
1997年9月
ブドウ球菌食中毒は、これまで長年、腸炎ビブリオ食中毒に次いで第2位に発生件数の多い食中毒であったが、近年減少傾向にある。特に1988年以降、サルモネラ食中毒が多発するようになり、本菌食中毒の発生件数は第3位に下がり、さらに昨年の腸管出血性大腸菌O157感染症の大流行により、本菌食中毒に対する関心が薄れているように思われる。今回、本菌食中毒の発生状況を知る目的で、最近の動向について検討したので報告する。
図1は過去15年間の東京都の食中毒事例の病因別食中毒発生件数を3年毎にまとめ、ブドウ球菌食中毒の発生状況の推移をみたものである。1980-82年の3年間には422件の食中毒が発生していたが、その後漸次減少し、1992-94年の3年間の発生件数は半分以下の202件であった。1980-82年の3年間のブドウ球菌食中毒の総食中毒発生件数に占める割合は25.8%であったが、15年後の1992-94年の割合は半分以下の10.4%であった。この減少の理由の1つは、後述する「にぎりめし」による本菌食中毒が減少したことであると考えられる。また、ブドウ球菌食中毒の発生件数の減少だけではなく、総食中毒患者数に占める本菌食中毒患者数の割合も年次的に減少している。1980-1982年の総食中毒患者数に占めるブドウ球菌食中毒患者数の割合は23.6%であったが、年毎に減少がみられ、1992-1994年の割合は6.3%であった。このことは、本菌食中毒の発生が減少したことと、近年発生している多くの事例は、家庭内発生で、患者数が少なく、発生規模が小さくなっていることもその理由と考えられる。
次にブドウ球菌食中毒の原因食品別発生状況を過去15年間について3年毎にまとめたのが図2である。1980-82年の3年間の本菌食中毒事例は109件で、そのうちの約半分の49.5%は「にぎりめし」が原因食品であった。それが年毎に「にぎりめし」の原因食品に占める割合が減少し、弁当による本菌食中毒が増加傾向を示した。1992-94年の3年間の原因食品に占める「にぎりめし」の割合は15年前の約半分の23.8%にまで減少した。本菌食中毒の原因食品に占める「にぎりめし」の割合の減少の理由は、1985年頃までは「にぎりめし」の多くは手作業で製造されていたが、1986年以降「にぎりめし」の製造は機械化および自動化が進み、手指や器具・器材からの黄色ブドウ球菌汚染を遮断することに成功したためではないかと考えている。
1986-1995年の10年間に、都内で発生したブドウ球菌食中毒99事例より各事例1株を選び、その99菌株についてコアグラーゼ型別およびエンテロトキシン型別を実施した。本菌食中毒由来株のコアグラーゼ型はVII型が65株(65.7%) で最も多く、次いでIII型が14株(14.1%)、II型が10株(10.1%)、IV型が5株、VI型が4株、不明が1株であった。IV型菌によるブドウ球菌食中毒はこれまで大変まれな事例と考えられていたが、1987年に最初の事例が確認され、その後1995年までに4事例発生している。本菌食中毒由来黄色ブドウ球菌のエンテロトキシン型はA産生が50株(50.5%)、A+B産生が23株(23.2%)、A+D産生が7株(7.1%)、B産生が4株、D産生が3株、B+C産生およびA+C+TSST-1が各1株、不明が10株であった。A型単独産生や他の型との複合産生を加えるとA型産生黄色ブドウ球菌は全体の82%を占めていた。エンテロトキシン型不明株については、新しいH型か否かについて検討している。また、わが国において院内感染として問題になったコアグラーゼII型、エンテロトキシンC+TSST-1産生のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)は本菌食中毒事例からは検出されなかった。
以上のような本菌食中毒の減少は、多くの関係者の努力が実を結んだものであり、大変喜ばしいことである。今後も引き続き本菌食中毒防止のための食品衛生の啓蒙活動を継続して行く必要があろう。
微生物部 細菌第一研究科 五十嵐英夫