香港の新型インフルエンザウイルス(第18巻、12号)
1997年12月
昨年秋以来、香港で出現した新型インフルエンザウイルスに関連した報道が新聞、テレビなどマスコミを賑わしている。ここ数年、1968年に現れて以来の主要流行株であるA香港型ウイルス(A香港H3N2)が、鶏赤血球の凝集能の低下、鶏卵での増殖能低下、地球規模での伝播速度の低下など、生物学的性状を変化させており、インフルエンザの専門家は、過去において世界的大流行をもたらした、抗原性の不連続変化の出現に対する警戒を呼びかけていた。これを受けて厚生省は昨年5月、臨床医、地研・国研関係者、大学研究者等よりなる新型インフルエンザ対策検討会を組織し、流行の予測、新型ウイルス出現の監視体制、ワクチン供給体制などについて検討・協議し、平成9年10月に報告書を公表した。報告書は、現在は新型インフルエンザ出現の助走過程にあり、新型インフルエンザの大流行が発生した場合、国民の25 %が感染し、インフルエンザによる超過死亡が数万人に達する可能性があるとしている。一方、香港政府は8月に、5月に死亡した3歳男児よりトリ型インフルエンザウイルス(H5N1)が確認されたと発表した。その時点ではあまり注目されなかったが、11月末に二人目の患者が発生すると次々と感染者及び死亡例が出現し、本年1月21日現在、同ウイルスの感染確認例は18例、死亡は6例となっている。新型ウイルス感染患者に見られた症状としては、①2−3日続く38.5℃以上の発熱、②咽頭痛、咳、鼻風邪などの上気道症状、③肺炎初期の胸部レントゲン像、④嘔吐、水様性下痢を伴う腹痛、⑤息切れ、⑥低酸素血症、などが発表されている。H5型のトリインフルエンザウイルス(H5N3)は1961年に南アフリカで見つかったものが最初だが、トリからヒトへの直接の感染が確認されたのは今回初めてである。死亡した男児から分離されたウイルスの遺伝子を米国感染症センタ−で分析したところ、遺伝子は全てトリのウイルス由来のもので、ヒトや他の動物のウイルス由来の遺伝子との組み替えは確認されなかった。このウイルスの特徴として、ウイルスの感染力、病原性を決定するヘマグルチニンが、従来のものよりアミノ酸が4個多く、そのアミノ酸の加わった部分で切断されやすい構造をしており、そのことが感染性、病原性を増強させていると考えられている。感染者との接触者の抗体保有調査の結果などから、ヒトからヒトへの感染力は相当低いとされているが、香港政府は養鶏場などで多数死亡していた鶏からH5型ウイルスが検出されたこと及び、各国が香港・中国産の鳥肉の輸入禁止措置をとり始めたため、中国南部からの鶏の受入れを停止するとともに、香港全域の鶏、130 万羽以上を屠殺処分した。日本では今冬期は全国的にA香港型(H3N2)が分離されているが、厚生省は12月に、H5型ウイルスが日本に侵入した場合に備えて、同ウイルス検出用の試薬を地方衛生研究所に配布して監視体制を強めるとともに、H5型ウイルスに対するワクチン開発にとりかかった。今後の動向が注目される。