東京都における輸入細菌性下痢症 1997年(第19巻、1号)
1998年1月
我が国からの海外旅行者数は、年々増加傾向にあり、1996年には年間 1600万人を越えた。これら海外旅行者により持ち込まれる各種輸入感染症は依然として防疫対策上重要な問題である。本号では、海外旅行者を対象に実施した昨年1年間(1997年1月〜12月)の病原菌検索成績についてその概略を紹介する。
この1年間に衛生研究所において実施した海外旅行者検便数は1,799件であった。そのうち便採取時に下痢症状のあった下痢現症者は246件、下痢既往者および健康者は1,553件であった。これらのうち、何らかの既知腸管系病原菌が検出されたのは、下痢現症者群で154件(62.6%)、下痢既往者・健康者群で391件(25.2%)、全体では545件(30.3%)と例年同様の検出率であった。2種以上の病原菌が同時に検出された例は、下痢現症者群での陽性者の29.9%に当たる46件(2種37件,3種7件,4種2件)また下痢既往者・健康者群での陽性者では15.6%の61件(2種51件,3種9件,4種1件)であった。
検出病原菌を検出頻度順にみると、下痢現症者群では例年同様毒素原性大腸菌が102株と最も高率で検出病原菌の46.8%を占め、次いでエロモナス28株(12.8%)、カンピロバクター、サルモネラ及びプレシオモナスがいずれも15株(6.9%)、赤痢菌13株(6.0%)、病原血清型大腸菌9株(4.1%)、腸炎ビブリオ8株(3.7%)の順であった。一方、下痢既往者・健康者群においては、毒素原性大腸菌、エロモナスが各95株(20.1%)で最も多く、次いでカンピロバクター92株(19.5%)、サルモネラ61株(12.9%)、プレシオモナス39株(8.2%)、病原血清型大腸菌34株(7.2%)、赤痢菌26株(5.5%)、腸炎ビブリオ21株(4.4%)の順であった。
コレラ菌は8件から検出され(いずれも医療機関等で分離)、全株毒素産生菌で、生物型と血清型はエルトール小川型であった。それらの旅行国は、フィリピン2名、インドネシア2名、シンガポールとインドネシアの両国1名、インド1名、イラン1名、タイ1名であった。
赤痢菌は36件より39株検出され、ソンネ菌24株(61.5%)、フレキシネル菌11株(28.2%)、ディセンテリー菌3株(7.7%)、ボイド菌1株(2.6%)であった。なお、タイとネパールに3ヶ月と長期滞在をした患者から、異なった血清型のフレキシネル菌4種類(1a,1b,2a,3a)を同時に検出した非常に稀と考えられる症例を経験した(病原微生物検出情報Vol.18No.61997年参照)。
本年は、海外旅行者を対象に腸管出血性大腸菌0157の調査を開始して以来、初めて本菌(VT1+,VT2+)が1件検出された。
サルモネラは73件より76株検出された。そのO血清群はO7群17株(22.4%)、O9群16株(21.1%)、O3,10群15株(19.7%)、O8群14株(18.4%)、O4群12株(15.7%)、O1,3,19群2株(2.6%)であった。本年も昨年同様、チフス菌及びパラチフスA菌は検出されなかった。
カンピロバクターは106件より107株検出され、C.jejuni 82株(76.6%)、C.coli 20株(18.7%)、その他5株(4.7%)であった。
腸炎ビブリオは29株で、最も高頻度に検出された血清型はO3:K6で14株(48.3%)であった。
微生物部 細菌第一研究科 野口やよい
海外旅行者からの腸管系病原菌検出状況(東京都立衛生研究所 1997年)
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種 別 下痢現症者 下痢既往者・健康者 合計
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検査件数 246 1,553 1,799
病原菌陽性者 154 391 545
(%) (62.6%) (25.2%) (30.3%)
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検出病原菌
毒素原性大腸菌 102 95 197
エロモナス 28 95 123
カンピロバクター 15 92 107
サルモネラ 15 61 76
プレシオモナス 15 39 54
病原大腸菌・血清型 9 34 43
赤痢菌 13 26 39
腸炎ビブリオ 8 21 29
コレラ菌(毒素産生) 8 − 8
ナグビブリオ 3 5 8
組織侵入性大腸菌 1 4 5
腸管出血性大腸菌 1 − 1
腸炎エルシニア − 1 1
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*同一検体から複数菌が検出される例があるので病原菌陽性者数と検出病原菌数とは
一致しない