結核の現状と今後の課題(第19巻、9号)
1998年9月
結核は昔の病気というイメージを今なお多くの人々が持っている。しかし、現在でも日本では年間約3,000人が本症で死亡している。新宿保健所管内のサウナ数施設における集団感染や東北地方の病院内感染、さらに本年の特別養護老人ホームや精神病院での集団感染事例などはいまだ記憶に新しい。特に病院内感染での死亡事例の分離菌が多剤耐性であったことは、医療関係者をはじめ多くの人々に危機感を与えた。このように再興感染症として注目されている結核について、内外の現状と今後の課題について述べ、あわせて平成9年度に衛生研究所多摩支所で取り扱った抗酸菌検査の成績について紹介する。
世界、日本および東京の結核の現状−結核は最も高率に発生する感染症−
WHOの報告によると世界人口の3分1にあたる約17億人が結核に感染しており、その数は毎年約800万人ずつ増加し続け、死亡者は年間約300万人にも及んでいる。そして先進国でもエイズの蔓延とともに結核の増加が予測され、WHOは1993年、ついに「結核の非常事態宣言」を発した。
一方、我が国では戦後の混乱期がすぎる頃から結核は激減したが、1977年頃より減少速度が鈍化し、1997年の登録患者総数は126,166人、そのうち新登録患者数は42,715人で、38年ぶりに前年より243人の増加となった。この患者数は他の先進国に比較すると例外的に多く、結核は依然として我が国最大の感染症(伝染病)であるといっても過言ではない。
東京都における1997年の結核羅患率は人口10万人に対して33.6人で、国内第17位であった。一方、新登録患者の実数は3,967人で大阪についで第2位であったが、総登録患者実数は10,732人と全国一であった。
こうした状況において、東京都立衛生研究所多摩支所では保健所との統合に伴って平成9年度から抗酸菌検査を開始した。表に示したように塗抹検査に供されたものは52症例(124件)で、そのうち3症例(5.8%)、4件が陽性であった。培養検査には51症例(121件)が供されたが、4症例(7.8%)から8株の結核菌が確認された。また、非結核性抗酸菌が5症例から9株分離され、同定の結果それらは、Mycobac-terium avium , M.gordonae , Nocardioforms などであった。受付区分別にみると、結核菌陽性者は管理検診12症例および家族検診26症例中各2例から検出されたものであり、これら検診事業における細菌検査の重要性が再確認された。
今後の課題−結核菌検査をより積極的に実施しよう−
世界の結核が減少しない理由は開発途上国の諸問題やエイズ流行などもあるが、結核対策そのものの精度が重要な問題といわれている。そこでWHOは結核の新たな世界戦略としてDOTS(Directly Observed Treatment,Short course )による治療完了率の向上対策を勧告している。一方、我が国では受診、診断および治療の遅れが結核による死の主原因と言われている。そこで公衆衛生審議会は健康診断や予防接種の推進、迅速で確実な診断や治療の実施、患者管理の徹底および専門家の育成などの結核根絶に向けた対策を提言している。この提言の中で死の主原因となる「遅れ」対策として、医療従事者に特に求められていることは迅速で確実な診断であり、感染拡大防止のための検診の実施強化である。検診については患者が発生した場合の接触者検診や退院後の患者に対する管理検診を徹底することが必要である。特に近年、結核の病勢を知る指標として排菌状況を調べることが重要視されており、そのためにも結核菌の検査を積極的に推進することは、結核対策の強化充実を図るうえからもその意義は大きいものといえよう。
結核の今後の動向とともに、結核菌の検査体制の強化は大きな検討課題である。多摩支所病理細菌研究室では結核菌検査の迅速化のために核酸増幅法を実施しているが、さらに疫学的調査のための指紋検査(RFLP)についても検討中である。また、検体の受け入れ体制も整えており、検査を希望する場合には検体の搬入方法につきご連絡願いたい。(連絡先:多摩支所病理細菌研究室 電話042-524-8737)
多摩支所における抗酸菌検査成績(平成9年度)
受付区分 | 塗抹検査 | 培養検査 | |||
症例数 | 陽性数 | 症例数 | 結核菌 陽性数 |
非結核性 抗酸菌陽性数 |
|
管理検診 | 12 | 1 | 12 | 2 | 0 |
家族検診 | 26 | 1 | 26 | 2 | 1 |
接触者検診 | 2 | 0 | 2 | 0 | 1 |
一般健診 | 12 | 1 | 11 | 0 | 3 |
計 (%) |
52 | 3 (5.8) |
51 | 4 (7.8) |
5 (9.8) |