東京都における輸入細菌性下痢症、1998年(第20巻、1号)
1999年1月
我が国の海外旅行者数は年々増加傾向にあったが、近年の不況に加えインドネシアでの暴動勃発などの世界情勢により、1998年は前年に比べ6.0%減少の1,580万人であったと推計されている。本号では海外旅行者を対象に、衛生研究所本所及び多摩支所(1998年4月より23区以外の都下分の検査は多摩支所に移管された)で実施した昨年1年間(1998年1月〜12月)の腸管系病原菌検索成績について紹介する。
この間に実施した海外旅行者検便数は893件であり、昨年に比べ大幅に減少した。そのうち便採取時に下痢症状のあった下痢現症者は304件、下痢既往者及び健康者は589件であった。これらのうち、何らかの既知腸管系病原菌が検出されたのは、下痢現症者群で165件(54.3%)、下痢現症者・健康者群で187件(31.7%)、全体では352件(39.4%)であり、前年よりも検出率はやや増加した。2種類以上の病原菌が同時に検出された例は、下痢現症者群では陽性者の28.9%に当たる46件(2種35件、3種8件、4種3件)、また下痢既往者・健康者群では陽性者の18.7%に当たる35件(2種31件、3種2件、4種2件)であった。検出病原菌を検出頻度順にみると、下痢現症者群では例年同様毒素原性大腸菌が79株で最も高率で検出病原菌の35.4%を占め、ついでエロモナス32株(14.3%)、プレシオモナス29株(13.0%)、カンピロバクター28株(12.6%)、サルモネラ17株(7.6%)、病原血清型大腸菌14株(6.2%)、腸炎ビブリオ10株(4.5%)、赤痢菌5株(2.2%)の順であった。一方、下痢既往者・健康者群においては、毒素原性大腸菌63株(26.9%)、エロモナス38株(16.2%)、サルモネラ35株 (15.0%)、カンピロバクター34株(14.5%)、プレシオモナス27(11.5%)、病原血清型大腸菌17株(7.3%)、腸炎ビブリオ9株(3.8%)、赤痢菌6株(2.6%)の順であった。コレラ菌は8件(8株)より検出された(うち6株は医療機関等で分離)。そのうち6件からの検出株は毒素(コレラエンテロトキシン)産生菌で、2件からの検出株は毒素非産生菌であった。なお、生物型と血清型はいずれもエルトール小川型であった。毒素産生菌が検出された渡航先はタイ、フィリピンが各2名、中国、インドネシアが各1名であった。赤痢菌は11件(11株)検出され、ソンネ菌8株、ディセンテリー菌、フレキシネル菌、ボイド菌が各1株であった。サルモネラは50件より52株検出され、そのO血清群はO8群13株(25.0%)、O9群11株(21.2%)、O7群10株(19.2%)、O4群及びO3,10群が各8株(15.4%)、O11群及びO16 群が各1株(1.9%)であった。本年も昨年同様チフス菌及びパラチフスA菌は検出されなかった。カンピロバクターは62件(62株)から検出され、 C.jejuni 48株(77.4%)、 C.coli 9株(14.5%)、その他3株(4.8%)、不明2株(3.2%)であった。腸炎ビブリオは18件より19株検出された。その血清型は10種類に分類されたが、主要な血清型はO3:K6とO4:K68で、それぞれ5株(26.3%)検出された。昨年主流であった血清型O3:K6の占める割合が減少し、OK不一致血清型のO4:K68が高率に検出され注目された。
種 別 | 下痢現症者 | 下痢既往者・ 健康者 |
合計 |
検査件数 病原菌陽性者 (%) |
304 165 (54.3) |
589 187 (31.7) |
893 352 (39.4) |
検出病原菌 | |||
毒素原性大腸菌 エロモナス カンピロバクター プレシオモナス サルモネラ 病原大腸菌・血清型 腸炎ビブリオ 赤痢菌 コレラ菌(毒素産生) コレラ菌(毒素非産生) ベロ毒素産生性大腸菌 組織侵入性大腸菌 ナグビブリオ |
79 32 28 29 17 14 10 5 5 2 1 1 0 |
63 38 34 27 35 17 9 6 1 0 1 1 2 |
142
70 |
同一検体から複数菌が検出される例があるので病原菌陽性者数 と検出病原菌数とは一致しない。 |