東京都健康安全研究センター
セラチアによる院内感染ついて

セラチアによる院内感染ついて(第20巻、12号)

 

1999年12月

 


 セラチア( Serratia marcescens )は、大腸菌などと同じ腸内細菌科に属するグラム陰性の小桿菌(0.5×1.5μm)で、水、土壌、食品、塵埃、動物腸管など自然界に広く分布している。セラチアはヒト腸管内フローラの構成菌種の1つと考えられるが、優勢菌種には含まれず、生体に対する働きの詳細は不明であるが有害的に働く菌であると思われる。また、セラチアは入院患者の喀痰及び尿から分離される場合が多く、弱毒菌、常在菌として認識されている。

 一方、近年の人口の高齢化や各種医療技術の発達の結果、病院では癌、白血病、糖尿病、AIDS、移植医療受療者等免疫能力が低下した患者が多く見られ、通常重篤な疾病を引き起こすことの少ない病原体による感染症、いわゆる日和見感染症が増加してきた。セラチアも日和見感染を起こす病原体の1つで、セラチアによる院内感染の報告も散見される。

 昨年夏、セラチアによる院内感染が疑われた、敗血症が原因と考えられる集団死亡例が都内で発生した。都衛生局により不明疾患調査班が設置され、感染経路、感染原因、死因等の検査が進められた。

 事件の概要は以下のとおりである。平成11年7月26日から27日にかけて、都内某病院(病床数97床)において3階の病棟で入院患者13名が突然38℃以上の発熱を示し、重症者は播種性血管内凝固症候群や腎不全、血圧低下などの敗血症症状を呈し、27日、29日、30日、8月6日、8日に計5名が死亡した。

 所轄保健所は7月30日より病院での調査を開始し、患者由来検体、環境検体(冷却塔水等)等が集められ都立衛生研究所に搬入された。原因病原体については、環境検体からはレジオネラとセラチアが検出された。患者血液からはセラチアのみが検出され、他の起因菌となる菌は検出されず、セラチアによる敗血症が死因ではないかと考えられた。その後の調査で2階の無症状患者の尿からもセラチアが検出されたため、敗血症患者由来セラチア10株と無症状患者由来株・環境由来株等計23株のセラチアについて解析した。遺伝子解析・薬剤感受性・生化学性状試験の結果、供試したセラチアは9グループに分類され、敗血症患者10人から分離された10株は全て同一グループに属し、同一感染源であることが示唆された。

 感染経路について特定できなかったが、一度に大量の菌に暴露されうる経路として、点滴輸液内におけるセラチアの増殖実験を実施した。その結果、輸液9種中5種において室温・24時間で1000倍以上の増殖が認められた。また効力の落ちたアルコール綿の中でセラチアが生き残ることも確認された。一般に病院施設内にはセラチア・MRSA等の病原体が存在しており、施設内での医療器具・投与薬剤等の無菌管理が重要であることが示唆された。

 

分離されたセラチアの生化学的性状、薬剤感受性及び遺伝子解析によるグループ化

  番号 生化学的性状 薬剤感受性 遺伝子解析 グループ
CFI OFX PFGE Rapd PCR Plasmid
(1) 1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
A
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S(27)
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S(29)
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(2) 13
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18
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C
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S(18)
S(17)
S(26)
S(16)
S(16)
S(16)
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II
II
VI
IV
III
V
(3) 19
20
21
22
23
A
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D
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E
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S
S(27)
S(16)
S(16)
S(16)
S(23)
A
E
B
B
G
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B
D
A
A
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B
C
I
VIII
VII
VII
IX

①:敗血症患者株②:無症状患者株③:環境等由来株

 

微生物部 細菌第二研究科 遠藤美代子

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