東京都における輸入細菌性下痢症,1999年(第21巻、1号)
2000年1月
本号では、海外旅行者を対象に衛生研究所で実施した昨年1年間(1999年1月〜12月)の腸管系病原菌検索成績について紹介する。
この間に実施した海外旅行者検便数は158件であり、昨年の約1/5と大幅に減少した。これは昨年4月に伝染病予防法が廃止され、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」いわゆる感染症新法が施行されて、旅行者の検便提出が自己申告制になった影響によるものである。このうち便採取時に下痢症状のあった下痢現症者は84件、下痢既往者及び健康者は74件であった。これらのうち何らかの既知腸管系病原菌が検出されたのは、下痢現症者群で54件(64.3%)、下痢既往者及び健康者では23件(31.1%)、全体では77件(48.7%)であり、昨年と比べて検出率は上昇した。海外旅行者からの病原菌検索の際は、1件から2種類以上の菌が同時に分離される頻度が高いことが知られている。今回、2種類以上の病原菌が同時に検出された例は、陽性者のうちの18.2%に当たる14件(2種類10件、3種類4件)であった。
検出病原菌を検出頻度順にみると、下痢現症者群では例年と同様に毒素原性大腸菌が30株と最も高率で検出病原体の42.3%を占め、次いでカンピロバクター9株(12.7%)、プレジオモナス7株(9.9%)、病原血清型大腸菌、サルモネラが各6株(8.5%)、エロモナス5株(7.0%)、コレラ菌3株(4.2%)、赤痢菌、腸炎ビブリオが各2株(2.8%)、ナグビブリオ1株(1.4%)であった。一方、下痢既往者・健康者群では、毒素原性大腸菌及び病原血清型大腸菌各7株(26.9%)、次いでカンピロバクター4株(15.4%)、プレジオモナス、エロモナス、サルモネラ、腸炎ビブリオが各2株(7.7%)の順であった。コレラ菌は3株(そのうち1件は医療機関で分離)で、全て毒素(コレラエンテロトキシン)産生菌であり、その生物型と血清型はいずれもエルトール小川型であった。検出された旅行者の渡航先はフィリピン2名、タイ1名であった。赤痢菌は2株検出され、フレキシネル菌、ソンネ菌各1株であった。サルモネラは8株検出され,その血清型はO9群が4株、O2群(パラチフスA菌)、O8群、O1,3,19群、O群不明が各1株であった。なお、パラチフスA菌は、インド旅行者から検出された。カンピロバクターは13株検出され、 C.jejuni 9株, C.coli 4株であった。
上記のごとく新法施行以降、海外旅行者に対する細菌検査実施数は激減した。各種病原体保有者に対する水際での防疫措置が十分に実施されなくなることより、コレラ、赤痢等の疾病が国内に徐々に浸潤する可能性が懸念される。また、これまで本検査を通してよく把握されていた、海外におけるこれら感染症の実情や分離株に対する情報も少なくなっていくであろう。これらの点にどのように対処していくかが今後の課題である。
海外旅行者からの腸管系病原菌検出状況
(東京都立衛生研究所 1999年)
種 別 | 下痢現症者 | 下痢既往者・ 健康者 |
合計 |
検査件数 | 84 | 74 | 158 |
病原菌陽性者 (%) |
54 (64.2) |
23 (31.1) |
77 (48.7) |
検出病原菌 毒素原性大腸菌 カンピロバクター 病原大腸菌・血清型 プレジオモナス サルモネラ エロモナス 腸炎ビブリオ コレラ菌(毒素産生) 赤痢菌 ナグビブリオ |
30 9 6 7 6 5 2 3 2 1 |
7 4 7 2 2 2 2 0 0 0 |
37 13 13 9 8 7 4 3 2 1 |
同一検体から複数菌が検出される例があるので 病原菌陽性者数と検出病原菌数とは一致しない。 |