東京都健康安全研究センター
手足口病の流行

手足口病の流行(第21巻、8号) 

2000年8月

 


 

 公衆衛生および生活環境の向上により、各種感染症の発生状況は著しく変化し、かつて法定伝染病といわれた疾病(現在では、第一類感染症から第四類感染症に含まれる)は激減したが、従来あまり表在化しなかった手足口病(hand, foot and mouth disease :HFMD、現在は第四類感染症)、伝染性紅斑、不明発疹症等の発疹性疾患(現在は第四類感染症)およびヘルパンギーナ、口内炎等の粘膜疹疾患(現在は第四類感染症)が乳幼児の間で流行し、問題視されるようになってきた。発疹性疾患の中には、その特有な臨床像から病因ウイルスが推定できるものもあるが、腸管系ウイルス(エンテロウイルス)感染症の臨床像は様々で、特定のウイルスが一定の臨床症状を引き起こすとは限らない場合が多い。エンテロウイルスによる発疹は、出現率に著しい年齢的差異がみられ、病原ウイルスの種類やそれぞれの流行形態によっても発疹の出現率が異なったり、また発疹の出現が一過性であったりするので発疹のみでウイルス感染症か否かの鑑別診断をするのは困難である。

 HFMDは、口腔粘膜および四肢末端に現れる水泡性の発疹を主症状とし、乳幼児を中心に夏期に流行する急性ウイルス性感染症である。発疹は、下記の写真に示したように手・足・口腔内に現れる。発疹に痒みや痛みを伴うことは稀であり、また口内疹は、軽度の局所の疼痛とそれに伴う軽度の食欲低下程度ですむことが大半であるが、口腔内の症状が強いため経口摂取が困難となり、脱水症状に陥る場合もある。発症初期に38℃前後の発熱を伴うことがあるが、発熱により全身症状が侵されることは稀である。

 HFMDの原因となるウイルスは一つではない。主な原因ウイルスは、腸管系ウイルスであるコクサッキーA群16型ウイルス(CA16)、エンテロ71型ウイルス(EV71)、コクサッキーA群10型ウイルス(CA10)がよく知られているが、いずれのウイルスに感染しても現れる症状は同じなので病原診断は基本的にはウイルス分離・型同定によって行われている。

 感染経路としては、経口・飛沫・接触で潜伏期は3?4日位が最も多い。主な症状が消失した後も3?4週間は糞便中にウイルスが排出されることがあるので、HFMDから回復した患者も長期にわたって感染源となりうる。

 患者発生は世界中でみられるが、我が国では1967年頃からその存在が明らかとなった。最近では、1985年(CA16)、1988年(CA16)、1990年(E71・CA16)、1995年(CA16)に大きな流行がみられた。また、夏を中心として毎年発生がみられるが秋や冬にも発生をみることはある。

 合併症として、下痢症を伴うことがある。また、稀ではあるが髄膜炎の合併があり、E71感染の方が中枢神経合併の発生率が高く、またCA16感染では心膜炎合併例の報告がある。HFMDの流行中に急性脳炎等により急死した小児例がマレーシア(1997年)・台湾(1998年)等でみられた。我が国でも1997年にHFMDの経過中に死亡あるいは重篤な神経症状を合併した症例が複数報告されている。マレーシアおよび日本で分離されたE71 の分子疫学的解析の結果、日本における死亡由来株はマレーシアのE71と同じgenotypeに属することが示されている。

 2000年4月以降9月20日まで、感染症発生動向調査事業の検査定点病院より発疹性疾患により搬入された検体105件よりのウイルス検査結果を表1に示した。

 発疹性疾患のうち31%にあたる33件がHFMD、15%がヘルパンギーナ、53%が不明発疹症であった。HFMDの患者からは、エンテロウイルスの遺伝子が検出されたものが20件(61%)、ウイルスが分離されたのものは15件(45%)であった。分離ウイルスの内訳は、CA10(7株)、E71(3株)、E9(1株)および未同定株4株である。全国における病原微生物検出情報をみると、HFMDの大半がE71、次いでCA16とCA10が報告されている。東京都の場合は、現在のところCA16は検出されていない。また、ヘルパンギーナおよび不明発疹症と臨床診断された検体の中でも、CA10、E71が検出されている。中でも、発熱・発疹(手のみ)を呈した不明発疹症患者(1歳)は、肺水腫・心膜炎・脳症を起こし急激に重篤となり死亡した。患者糞便(6病日)よりE71が検出された。また、搬入された大脳・肺等の剖検材料(12件)より、5件(大脳・胃・大腸・リンパ節等)からエンテロウイルスの遺伝子を検出したが、ウイルスは分離できなかった。

 HFMDの患者からの年齢別のウイルス検索結果を表2に示した。ウイルス検出率が高かったのは、1歳児であった。エンテロウイルスの遺伝子が検出されたのは9件(82%)、ウイルス分離が陽性であったのは7件(64%)であった。また、1歳児、2歳児、4歳児、5歳児の各1名計4名は、髄膜炎を併発していたがいずれも遺伝子およびその他のウイルス検索において陽性を示したものはなかった。

 

表1.発疹性疾患患者からのウイルス検索結果(2000年4月?9月20日)

 

臨床診断名 検査数 PCR陽性例 ウイルス分離陽性例**
エンテロ HHV6 HHV7 CA10 E71 CA6 E9 CB5 AD5 型未定
手足口病 33 20          
ヘルパンギーナ 16              
不明発疹症 56 20  
105 49 15

*エンテロ:エンテロウイルス共通遺伝子、HHV6:ヒトヘルペス6型ウイルス、HHV7:ヒトヘルペス7型ウイルス

**CA10:コクサッキーA群10型ウイルス、E71:エンテロ71型ウイルス、CA6:コクサッキーA群6型ウイルス

E9:エコー9型ウイルス、CB5:コクサッキーB群5型ウイルス、AD5:アデノ5型ウイルス

 

表2.手足口病患者の年齢別検索結果

 

年齢 件数 PCR ウイルス分離
エンテロ CA10 E71 E9 型未定
<1歳        
1歳 11
2歳    
3歳      
4歳    
5歳      
6歳      
15歳        
33 20

 

微生物部 ウイルス研究科 吉田靖子

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