東京都健康安全研究センター
レンサ球菌感染症について

レンサ球菌感染症について(第21巻、11号) 

2000年11月

 


 溶血レンサ球菌は、化膿レンサ球菌、口腔レンサ球菌、およびその他のレンサ球菌に大別できる。また血液寒天培地上の溶血性により、α溶血、β溶血、非溶血(γ)がある。α溶血は菌の集落周辺に緑色帯(メトヘモグロビン)を生じ、β溶血は集落周辺の血液を完全に溶血するものである。

 α溶血を示す株は、オプトヒンおよび胆汁酸に感受性の S.pneumoniae (肺炎球菌)あるいは口腔細菌である。肺炎球菌は健康人の30〜40%に咽頭常在菌として存在している。また下気道感染症の原因菌で、急性型(肺炎、急性気管支炎)、慢性型(慢性気管支炎、気管拡張症、びまん性汎細気管支炎)ともに現在もなお重要な下気道感染起因菌である。口腔レンサ球菌は、口腔や上気道の正常細菌叢である。口腔レンサ球菌には非溶血のものも少なくない。β溶血の菌株は化膿レンサ球菌と呼ばれ細胞壁多糖体抗原に対する抗原性の分類(Lancefildの分類)でA,B,C,G,L群等に属する菌株が含まれる。β溶血性レンサ球菌はヒトや動物に病原性を示すため、古くから医学、歯学、獣医学の分野で重要視されてきた。この中で最も重要な菌種は、A群溶血レンサ球菌( S.pyogenes )で、しばしば咽頭に常在し、ウイルス感染による気道の線毛・粘膜の損傷が誘引となって扁桃炎、気管支肺炎を起こすことがある。また猩紅熱、リウマチ熱、急性糸球体腎炎、その他皮膚化膿性疾患の病因菌として、重要な病原菌の一つである。また本菌は丹毒、産褥熱を敗血症に移行させ、死の転帰をとる重篤な感染症の病因菌でもある。

 我が国では猩紅熱は小児の疾患として代表的なものであったが、化学療法の出現により、重篤な臨床症状を示す定型的な患者発生は少なくなり、今日ではレンサ球菌感染症として扱われ、臨床的に非常に軽症化した。しかし現在でも扁桃炎、猩紅熱の一次感染症に伴って病巣感染を形成し、その続発症としてリウマチ熱および急性糸球体腎炎を引き起し、治療を困難にしている。

 その他のレンサ球菌は上記の群に属さない菌である。特に動物由来の菌株等が多く含まれる。

東京都における感染症発生動向調査によるA群溶血レンサ球菌咽頭炎(溶レン菌感染症)は、小児科・内科の定点より報告が行われている。本症は例年、冬季と梅雨季に増加することが知られている。平成元年から11年までの溶レン菌感染症の1定点あたりの報告を見ると平成元年の15.3人から平成6年の23.0人まで毎年増加していたが、平成7年に14.2人と減少し、8年:17.0人、9年:19.7人、10年:19.0人、11年17.6人であった。平成12年は11年より報告数が多く今季も溶レン菌感染症流行の兆しを見せている。

 1995年より都内小児科定点4病院の協力により、上気道炎患者の咽頭拭い液から溶レン菌分離を実施している。それ以外に、2定点病院からも菌株が送付され、それら菌株について、T型別等を実施している。5年間に検査を実施したA群溶血レンサ球菌795株の型別は、T-12型:214株、T-4型:166株、T-1型:86株、T-28型:61株、T-6型:58株、T-3型:44株、T-B3264型:37株、T-22型:21株、T-25型:10株、T-2型:50株、T-3型:44株、T-1型:40株などであった。(表1、図1)

劇症型レンサ球菌感染症(TSLS)は1980年頃からアメリカなどから報告が散見されるようになり、我が国でも1992年から1999年末までに209名の報告があった。患者・死亡者の年齢分布を見ると30歳以上が80%以上を占めている。(表2)

 209名の内12名はC・G群により劇症型感染症を起こしているが197名はA群溶血レンサ球菌により発症している。197株の型別を見るとT-1型が72株:36.5%、T-3型が38株:19.3%で全体の半数以上を占めている。次いでT-28型:9.1%、T-12型:7.6%などであった。(表3、図2)

 2000年1月以降、東京都内の病院から11人の劇症型レンサ球菌感染症又は疑いの報告があり、患者から分離された菌株 10株が型別試験のため搬入された。T-1型:4株、T-12とT-28型:2株、T-22型:1株、G群菌:1株であった。(表4)この様に大流行はないものの散発ながら現在も報告が見られる。

 溶血レンサ球菌感染症はインフルエンザの続発として発症する例が多く、劇症レンサ球菌感染症はA群溶血レンサ球菌保菌者が多いと報告例も多くなる傾向にある。今年もインフルエンザの流行シーズンに入りつつあるので、溶血レンサ球菌による上気道炎、劇症レンサ球菌感染症に十分注意する必要がある。

 

表1.都内6病院から分離されたA群溶血レンサ球菌のT型の年次推移

T  型
1 2 3 4 6 9 11 12 13 18 22 25 28 B3264 その他
1995
1996
1997
1998
1999
6
29
22
19
10
 
 
14
30
6
24
12
 
 
8
24
7
43
49
43
 
3
35
19
1
1
1
 
 
1
5
2
3
3
 
54
75
20
34
31
1
 
1
3
3
3
1
 
1
 
4
1
6
3
7
1
 
2
1
6
17
14
11
15
4
5
3
10
10
9
3
7
3
3
3
148
155
170
190
132
86 50 44 166 58 3 13 214 8 5 21 10 61 37 19 795

 

 

 

 

表2.わが国におけるTSLS患者の年齢分布と致死率(1999.12まで)

年齢(年) 患者数 (%) 死亡者数 (%)
0−1
>1-9
10-19
20-29
30-39
40-49
50-59
60-69
70-79
>80
不明
11
5
7
12
27
32
24
54
21
13
3
(5.3)
(2.4)
(3.4)
(5.7)
(12.9)
(15.3)
(11.5)
(25.8)
(10.1)
(6.2)
(1.4)
5
1
2
4
9
11
12
22
14
9
2
(5.5)
(1.1)
(2.2)
(4.4)
(9.9)
(12.1)
(13.2)
(24.2)
(15.3)
(9.9)
(2.2)
209 (100) 91 (100)

 

表3.わが国におけるTSLS患者由来A群溶血レンサ球菌のT型の年次推移

菌株数 T  型
1 3 4 6 11 12 22 28 その他 UT
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
13
17
54
25
22
21
26
19
6
4
12
7
13
8
16
6
2
5
23
3
0
0
2
3
1
1
1
1
1
2
0
0
0
0
0
1
0
2
3
2
0
1
1
1
0
0
0
1
1
1
5
3
1
2
1
1
2
3
1
1
0
1
1
3
1
0
6
3
4
2
2
0
0
2
5
1
2
3
0
3
0
0
0
4
1
1
1
0
197 72 38 7 8 4 15 12 18 16 7
(%) 100 36.5 19.3 3.6 4.1 7.6 2.0 6.1 9.1 8.1 3.6

 

 

 

 

表4.2000年1〜12月劇症レンサ球菌感染症(菌株受付分)

症例 受付年月日 性別 年齢 群別 T型別 症状 発病年月日 基礎疾患
1 1/31   12 詳細不明 詳細不明
2 1/31   12 詳細不明 詳細不明
3 2/18 17 22 発熱・右膝関節痛・疼痛 H11.12.19
4 6/9 39 1 下痢.発熱.腹膜炎 H12.5.19 無
5 10/20 49   腹膜炎・敗血症・皮下出血 H12.9.19 胃癌・腹膜炎
6 11/15 81 28 発熱・上肢疼痛・血培で菌陽性 H12.10.30
一過性脳虚血発作
7 11/17 0 1 出生直後多呼吸・呻吟・血培で
菌陽性 H12.11.12
呼吸障害・肺出血
8 11/21 40 1 両下肢痛・腫脹・ショック H12.11.8
9 11/29 70 28 腹水・右大腿の腫脹 H12.10.17
10 12/20 54 1 右下腹部の出血斑 H12.12.7
11   35 菌無 発熱・下痢・血培で菌陽性 H12.9.24

 

 

微生物部 細菌第二研究科 遠藤美代子

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