エンテロウイルス感染症(第23巻、7号)
2002年7月
エンテロウイルスは、腸管で増殖するウイルスの総称で、67種類(ポリオ1〜3型、コクサッキーA群1〜22型、24型、コクサッキーB群1〜6型、エコー1〜7型、9型、11〜27型、29〜31型、エンテロ68型〜71型)のウイルスが存在し、年毎に流行するウイルス型が異なる。夏季を中心に5月から10月にかけて流行する。エンテロウイルスが主として腸管あるいはその近辺の限られた組織にとどまる場合は無症状で経過し、人は免疫を獲得して感染は終わる(不顕性感染)。感染がさらに進み、ウイルス血症を起こして体内の諸組織及び中枢神経系へ波及すればそれぞれの段階に応じて種々の臨床症状を起こすことになる。
同じ型のエンテロウイルスが異なる症状をきたし、異なるエンテロウイルスが同じ症状をきたすことがあるので、臨床症状のみでは病因ウイルスを特定することは困難である。表1には、エンテロウイルスによる臨床像別の疾患名を示した。
最も軽い疾患としては発熱、またはこれと上気道炎症状を併発した急性熱性疾患(夏かぜ)である。その他、皮膚・粘膜の発疹、心嚢炎、またはウイルスが中枢神経へ進入すれば無菌性髄膜炎あるいは麻痺を起こすことになる。
表2には1999年4月1日に施行された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」に定められた感染症を示した。「2類感染症」及び「4類感染症全数把握」に規定される感染症は、患者を診断した全ての医師、また「4類感染症定点把握」は指定届出機関の医師が保健所に届出する義務がある疾患である。
2002年4月から7月末までの間に、「感染症発生動向調査」として搬入された患者検体のうち、病因としてエンテロウイルスが疑われた465例のウイルス学的・遺伝子学的検索結果について報告する。
表3には、臨床診断名別の検体搬入状況を示した。特徴的なことは、7月になって無菌性髄膜炎患者の検体搬入が急増したこと、また例年になく6〜7月に上・下気道炎患者の検体が多かったことである。
465例(咽頭拭い液;285例、髄液;118例、糞便;55例、その他;7例)の検体における遺伝子学的検索結果を図1に示した。
465例中170例は、エンテロウイルス遺伝子が陽性であり、その約70%が7月にみられた。また、搬入された月別の陽性率は、4月は10%、5月は17%、6月は30%、7月は50%と上昇傾向にある。特に陽性率が高かった7月の内訳は、陽性117例中無菌性髄膜炎42例(35.9%)、上・下気道炎29例(24.8%)、不明発疹症14例(12.0%)、ヘルパンギーナ7例(6.0%)の順であった。
次に、ウイルス分離試験の結果を表4に示した。
エコーウイルス13型(E13)は無菌性髄膜炎患者から高率に分離されると共に、各種の疾患から分離されている。また、手足口病・ヘルパンギーナ等の発疹性疾患からはコクサッキーウイルスA群6型が多く分離されている。このほか、これら疾病からはエンテロウイルス以外にアデノウイルス(1・3・5型)、ヘルペスウイルス1型等が分離されている。
E13が分離された疾患名を図2に示した。現在までに分離されたウイルス株(37株)の54%が無菌性髄膜炎患者の髄液及び咽頭拭い液から分離されており、次いで不明発疹症の16%、上気道炎の14%の順であった。一つのウイルスがこれだけ多くの臨床診断名の疾患から分離されることは特徴的なことである。
かつてE13は海外でも稀な型であったが、2000〜2001年には英国、ドイツなど欧州で、2001年にはオーストラリアや米国で分離数が増加し、髄膜炎の流行が起きている。
日本では、E13の分離例は1980年に1例報告されているが、2001年福島県・和歌山県・福井県・大阪市で分離報告されてから、2002年8月になると26都府県から分離報告されている。東京都においては、その後8月になってから無菌性髄膜炎患者等の検体からのE13分離数がさらに増加する傾向にある。
全国情報では、手足口病患者からはコクサッキーA群16型ウイルス、エンテロウイルス71型が分離報告されている。また、ヘルパンギーナ患者からはコクサッキーA群4型ウイルスが多く、次いで6・5・10型が多いと報告されている。東京都においては、発疹性疾患患者から分離されたのはコクサッキーA群6型ウイルスであった。図3には、コクサッキーA群6型ウイルスが分離状況を疾病別・月別に示した。同ウイルスは6〜7月に多く分離される傾向が認められた。