東京都健康安全研究センター
東京都における結核集団感染事例由来株のRFLP法による解析結果

東京都における結核集団感染事例由来株のRFLP法による解析結果(第25巻、4号)

 

2004年4月

 


 結核患者は年間約800万人が全世界で新たに発生し、そのうち約300万人が死亡すると推定されている。単独の感染症による死亡者数でみると、結核は第一位で、依然人類にとっての脅威である。

 第二次世界大戦後、1970年代までに順調に減少してきた我が国の10万人あたりの結核罹患率は、1980年ごろよりその減少速度が鈍化した。1997年からはついに増加傾向へと転じたことから、1999年に厚生省は「結核非常事態宣言」を発表した。

 しかし、2001年の我が国における結核死亡者数は2488人、新患者として約35,000人が登録される最大の感染症となっている。また院内感染を含む集団感染の報告も相次ぎ、日本において結核が決して過去の病気でないことは明らかである。東京都においては、2001年度の新規登録患者数は4116人、死亡数290人、10万人あたりの罹患率は33.8人で大阪、兵庫についで3番目に高かった。

 近年、結核の集団感染の増加が問題となっているが、集団感染を解明する場合、菌の疫学的解析が重要である。結核菌は血清型やファージ型などの生物学的多様性に乏しいため、菌株の型別には遺伝子解析が有効である。分子生物学的技術の進歩とともに、菌株間でのDNAの塩基配列の違いに基づく型別法が開発され、その有効性が確認されてきた。なかでも、結核菌の場合挿入配列IS6110をプローブとするRFLP(Restriction Fragment Length Polymorphism)解析が、現在もっとも有効な方法として分子疫学調査に応用されている。IS6110-RFLPのパターンファイルは多様性に富み、散発例の場合、パターンが一致することはほとんどなく、その一致は同一感染源による感染を強く示唆するからである。

 当センターにおいても平成12年度よりこの方法を導入し、現在までに東京都内で発生した84件の結核集団感染疑い事例の解析を行い、そのうち同一感染源によると考えられる47件の事例を明らかにした。ここではこれらの集団感染事例のいくつかを紹介する。

 1番目の事例は、新入社員研修の事例(図1-A)である。20歳前後の健康な若年者が2日間の企業の研修で集団感染を起こした事例で、5名の患者由来株のうち4名の菌株が同じパターンを示した。同じパターンを示した患者4名は同一感染源から感染が拡大したと考えられ、結核の感染力の強さを再認識させる事例であった。

 次の事例(図1-B)は、病院内において発生した感染者8名の事例で、8名中7名が同じパターンを示した。結核に対するハイリスクグループである基礎的疾患を有する患者、ならびに感染の危険の多い医療従事者間で院内感染が拡大した事例であった。
3番目(図1-C)は社会人の公民館での集会での感染事例で、解析した3名すべてが同じパターンを示した。

 4番目(図1-D)は、フリーターとその家族、友人間での集団感染事例で、解析した3名すべてが同じパターンを示した。この事例では、定期的な健康診断を受ける機会が少ない非常勤職従事者が感染し、また罹患した若年世代の結核に対する知識が希薄であったため、発見が遅れ感染が拡大したと推定された。これらの事例は、RFLPと疫学的聞き取り調査とを合わせて、集団感染事例であることが判明した事例である。

 このようにRFLPは結核菌集団感染の疫学的な解明に非常に有効な方法であるが、欠点として、手技が煩雑であること、解析に十分量な菌量を得るのに時間がかかること、多数の菌株を迅速に解析することが難しいことなどの問題がある。この点を解決するため、種々の方法が報告されている。当研究室もその中の1つであるAP-PCR(Arbitrarily Primed PCR)法の有用性について、RFLP法と比較検討した結果、RFLP法とAP-PCR法で同様の成績が得られることを確認している。すなわち、AP-PCR法は結核集団感染の迅速なスクリーニングに用いることが可能であることがわかった。

 また、結核菌の薬剤感受性についても遺伝子の解析が進められ、薬剤耐性化と関連するいくつかの遺伝子群が明らかになりつつある。一方、PCR法を応用した結核検査法は、排菌量によっては喀痰からの直接検出も可能であり、より迅速な結果判定と遺伝子解析が可能となる。これまで結核菌の培養による検査では20日以上もかかっていた型別や薬剤感受性試験が、遺伝子解析により早期に確認できるようになれば、結核に対する診断・治療も早期に行え、感染拡大を防止することにつながると考えられる。

 

 

微生物部 病原細菌研究科 向川 純

本ホームページに関わる著作権は東京都健康安全研究センターに帰属します ご利用にあたって
© 2023 Tokyo Metropolitan Institute of Public Health. All rights reserved.