東京都健康安全研究センター
バンコマイシン耐性腸球菌について

バンコマイシン耐性腸球菌について(第26巻、2号)

 

2005年2月

 


 バンコマイシン耐性腸球菌(VRE:VancomycinResistant Enterococci)とはグリコペプチド系抗生物質であるバンコマイシン(VCM)に対し耐性を獲得した腸球菌のことである。腸球菌は一般的にβ—ラクタム系薬剤やサルファ剤など種々の薬剤に対し自然耐性を示すが、病原性は弱く日和見感染の原因菌といわれている。

 VREはVCMとテイコプラニン(TEIC)の耐性パタ−ンによりvanA型、vanB型、vanC型、vanD型、vanE型、vanG型の6タイプに分類される。この中で重要なタイプはプラスミドを保有しVCMとTEICに耐性を示すvanA型とVCMのみに耐性を示すvanB型である。 vanA 遺伝子はプラスミドpIP816上のトランスポゾンTn 1546 中に存在する。Tn 1546 はORF1、ORF2、 van R、 van S、 van H、 van A、 van X、 van Y、 van Zにより遺伝子クラスターを構成しVCMの耐性に関与している。この耐性遺伝子が腸球菌や他の菌種の染色体などに形質転換されてVCMに対し耐性を獲得しVCM耐性菌が拡散するとされている。

 VREは1986年にフランスの急性白血病患者、英国の急性腎不全患者からそれぞれ分離されて以来数多くの報告例がある。欧州におけるVREの出現には家畜の成長促進を目的に飼料添加物として使用されていたアボパルシン(AVO)の関与が推測されている。AVOとVCMは化学構造および作用機序が類似しているため、腸球菌が家畜腸管内で長期間AVOに暴露され、この腸球菌がVCMに交差耐性を示すようになったと考えられている。食肉、家畜や愛玩動物のネコやイヌの糞便、下水処理場の汚水などからVREが検出されているため広範囲に汚染が広がっていることが実態調査から推測された。 ベルギーのAuweraらは健常者の28%がVREの保菌者であったことから、VREがヒト腸管内に定着し易い傾向にあるため健常者を介しての食品および環境中への汚染が懸念された。AVOの使用が問題となる前の1986年にスウェーデンはAVOを含めた全ての抗生物質を飼料に添加する事を禁止した。この結果、1998年の調査では鶏肉と豚肉からVREは検出されなくなった。同様に1995年に禁止したデンマークでは鶏糞便から分離されたVREが1995年の72.7%から2000年の5.8%へと大きく減少している。

 一方、 AVOを飼料添加物として使用していない米国においてVREは食肉や環境中からほとんど検出されていない。しかし、欧州とは異なる背景により医療分野においては深刻な問題となっている。ヒトの治療を目的としたVCMの使用量が1992年は10t、2002年は約20tと年々増加傾向にあり欧州各国の数十倍である。その使用量に比例しVREの臨床分離株数、特にICU入院患者からの検出数が増加している。CDCのNational Nosocomial Infections Surveillance の報告によると、1989年から1993年にかけて病院内におけるVRE感染症の割合が0.3%から7.9%に、ICUでは0.4%から13.6% へと大きく増加し2003年においては28.5%となっている。

 国内では1996年にvanA型 Enterococcus faecium が急性腎盂腎炎の患者尿から、vanB型 E. gallinarum が急性骨髄性白血病患者の肛門周囲膿瘍から分離されたのが最初の報告例である。VCMの使用量は注射剤の承認後大幅に増加したが、 集団感染事例は1999年に長野県の病院で発生した以降稀であり報告事例の大部分が散発的な保菌事例である。VRE感染症は感染症法の5類全数把握疾患に指定されているが、vanC型も報告数に含まれているため臨床上問題となるvanA型とvanB型の正確な分離数は現時点では把握できない。一方、VREの国産食肉および家畜糞便における汚染実態調査はAVOの使用量が1996年で986kgと欧州と比較して少ないためか、1997年の指定取り消し以降vanB型VREがブタ糞便から検出された報告例のみである。しかし、輸入鶏肉の検出事例は多く、当所で平成10年から実施している調査ではタイ産7検体、フランス産2検体、ブラジル産、マレーシア産、インドネシア産各1検体からvanA型VREを検出している。輸入鶏肉から検出されたvanA型VREは典型的な耐性パターンと異なりTEICに感受性を示す株が多い。群馬大学の池らはTEIC感受性vanA型VREの臨床由来3株について van 遺伝子クラスターを解析し、 耐性の誘導発現に関与する van S遺伝子内の3カ所の変異を確認した。この変異は輸入鶏肉由来株にも同様に認められたため両者の関連が強く疑われ、輸入鶏肉がVRE感染症の感染源になり得る可能性が示唆された。

 わが国は鶏肉を平成13年に55万t、平成15年に43万t輸入しており年間国内消費量の約3割を占めている。主要輸出国はブラジル、タイなどで今回鶏肉汚染の実態が明らかにされた国である。輸入鶏肉の汚染実態は明確にされても我が国の食料事情では輸入に依存しなければならないのが実状である。我が国は先進国の中でも特に高齢化が進んでおり2025年には65歳以上の人口が総人口の約30%になると予想されている。健康者がVREに汚染された食品を喫食しても健康上の問題が発生することはないが、免疫力の低下した高齢者、重症基礎疾患をもつ患者にとっては特に脅威となる。この状況を改善するには、輸入国への飼料添加物の適正な使用を求めるとともに家畜の飼育から食肉処理場に至るまでの各段階において高い衛生管理を求め、輸入鶏肉をはじめ国産鶏肉の安全性を確保することが肝要であろう。

 

輸入鶏肉から検出されたvanA型VREの国別分離状況

  E. faecalis E. faecium E. durans
タ イ 6   1
ブラジル   1  
フランス 2    
マレーシア 1    
インドネシア 1    

(健康安全研究センター:平成10年〜16年)

 

微生物部 食品微生物研究科 金子誠二、石崎直人

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