東京都健康安全研究センター
コレラの発生状況(2004年)

コレラの発生状況(2004年)(第26巻、8号)

 

2005年8月

 


 我が国で2004年に報告されたコレラ患者数は82名(真性患者71名、保菌者5名、疑似患者6名)で、最近10年間で最も少なかった前年(23名)を大きく上回った(表1)。これらのうち海外旅行者による輸入事例は71件(真性患者60名、保菌者5名、疑似患者6名)であった。真性患者・保菌者65名の推定感染国はフィリピン(33名)、インド(21名)、タイ(7名)、中国(3名)、インド・中国(1名)と全てアジア地域であった。一方、海外旅行歴のない国内発生11例はいずれも真性患者であった。真性患者・保菌者76名から分離されたコレラ菌は74件が血清型O1(小川型57、稲葉型15、不明2)、残りの2件はO139であった。O139(ベンガルコレラ菌)による感染例は、中国での罹患者3名中の2名であった。なお、いずれも散発事例と推定されるもので、特記すべき集団発生などは報告されていない。

 次に、WHOの報告(WHO Weekly Epidemiological Record,80(31),2005)に基づき2004年における世界のコレラ発生状況を紹介する。世界全体としては、1961年にインドネシアに始まったエルトールコレラ菌によるコレラの発生が依然続いている。表2に示したようにWHOに発生を報告した国は前年より11か国多い56か国、患者数は101,383名で、うち死者数は2,345名であった。前年に比べ患者数は9%減少したが、死者数は24%増加した。世界全体の致死率も前年の1.74%から2.3%にまで増加した。なおWHOでは、世界18か国で発生した45件の急性下痢症集団発生事例の確認作業に関与、その内30件はコレラと確認された。これらの25事例はアフリカ大陸、4事例はアジア、残りの1事例はアメリカ大陸での発生であった。

 アフリカ大陸では、31か国から前年より若干少ない患者数95,560名が報告された。死者数は2,331名で、前年に比べ23%増加、致死率は2.4%であった。カメルーン、チャド、ギニア、マリ、ニジェール、セネガル及びザンビアで主要な集団発生が確認され、これらの国でアフリカ全体の35%に当たる33,445名が報告された。

 アメリカ大陸で発生報告のあったのは5か国で、患者数は36名であった。国内での発生はブラジル(21名)、エクアドル(5名)、コロンビア(2名)で、アメリカ(5名)とカナダ(3名)の報告は輸入例であった。1990年に初めて中南米に上陸、猛威を振るったコレラの流行は著しい減少を見たが、今後もサーベイランスや防圧に対する強力な地域参加体制を継続維持する必要がある。

 アジアでの報告患者数は12か国からの5,764名で、前年に比べ66%増加した。死者数は14名であった。患者数が多かったのはインド(4,695名)、2事例の主要集団発生があったフィリピン(533名)、中国(244名)、イラン(94名)であった。1992年ベンガル湾沿いに突発したベンガルコレラ菌によるコレラは、引き続き東南アジアに限局して発生している。中国では、検査室確認患者242名中143名がベンガルコレラ菌によるものであった。東南アジア諸国においては、今後もサーベイランス時のコレラ診断の際は、O1及びO139両者を対象とした検査を実施することが奨励される。

 ヨーロッパでは7か国から計21名の輸入例が報告されたのみで、年間を通して国内における感染例は1例も報告されていない。

 オセアニアにおける患者報告はオーストラリアの輸入例2名のみであった。

 以上、2004年にWHOに届出されたコレラ患者数は、全体として2003年のそれを下回るものであったが、死者数及び致死率が上昇したこと、また発生報告国数が増加したことは問題である。アフリカからの報告数は依然として他の大陸を大きく凌駕している。アジアからの報告数は2003年に比べ増加したが、アメリカ大陸は安定的に推移している。多くの国で払われたコレラ拡散防止に対しての努力が、全体的なコレラ発生の減少につながったといえるが、それにもかかわらず過去5年間と比べてみて真の改善があったとはみなしがたい状況にある。更に、コレラに対するハイリスク地域の弱者人口の割合がこれまでになく増加していることは、コレラだけでなく他の下痢性疾患の集団発生に対しても一層の対応が求められる大きな問題といえる。このことに関しては、環境管理の改善など効果的な公衆衛生手段に加えて、経口ワクチンの適切な使用が最優先課題である。

 なお、ここに述べたWHOへの公式報告患者数は、旅行や貿易関連に対する不当な制裁を懸念しての報告忌避、またサーベイランスや報告システムなど他の問題にも起因して、必ずしもコレラの全体的な問題点を反映しているものではない。

 

表1 我が国におけるコレラの発生状況

年 次 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004
輸入事例数 341(36) 19( 9) 65( 8) 66(12) 45(10) 41( 6) 33( 9) 27( 7) 21( 5) 71(10)
国内事例数 31( 5) 13( 1) 36(10) 7( 0) 6( 0) 11( 1) 11( 4) 22( 7) 2( 0) 11( 2)
合 計 372(41) 62(10) 101(18) 73(12) 51(10) 52( 7) 44(13) 49(14) 23( 5) 82(12)

( ):東京都分再掲

 

表2 世界のコレラの発生状況(WHO Weekly Epidemiological Record)

年次 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004
報告国数 78 71 65 74 61 56 57 52 45 56
報告患者数 208,755 143,349 147,425 293,121 254,310 137,071 184,311 142,311 111,575 101,383

 

多摩支所 微生物研究科 松下 秀

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