ESBL(extended-spectrum β-lactamase)産生菌(第26巻、10号)
2005年10月
1 ESBLとは
ESBLとは基質特異性拡張型βラクタマーゼ(extended-spectrum β-lactamase)の略称で、ペニシリンなどのβラクタム環を持つ抗生物質を分解する酵素である。このESBLは、 Klebsiella pneumoniae や Escherichia coli などが保有する伝達性プラスミド(Rプラスミド)上にコードされているβラクタマーゼ産生遺伝子(TEM型、SHV型)が、突然変異により分解可能な薬剤の種類を広げ、第三世代のセフェム系(CTX,CAZ等)をも分解するβラクタマーゼを産生するようになったもので、このβラクタマーゼが基質特異拡張型βラクタマーゼ(ESBL)と呼ばれている。このESBLは、クラブラン酸などのβラクタマーゼ阻害薬によりその活性が阻害されるという特徴を持っている。また、ESBL産生遺伝子はRプラスミド上にコードされているため、同菌種間はもとより、 K.pneumoniae から E.coli というように、腸内細菌科の異なる菌種間に伝達される。このため、ESBL産生菌は、主に K.pneumoniae、 E.coli の報告が中心であるが、最近では Serratia marcessense 、 Enterobacter cloacae 、 Proteus mirabiris など多菌種に広がってきており、この菌種は今後さらに増えてくる傾向にある。
2 わが国におけるESBL産生菌の検出状況
ESBL産生菌の報告は、1983年にヨーロッパで第三セフェム系薬剤に耐性を示した Klebsiella pneumoniae が初めてで、以降、日本を含め世界的に臨床材料から分離されるようになり、現在、VREやMRSAと同様に臨床分野で、院内感染原因菌として問題視されている。
日本でのESBL産生菌の報告は、1995年石井らの報告が最初である。これは、Toho型(CTX-M型)と呼ばれ、ESBLとはアミノ酸配列が異なるβラクタマーゼを産生する菌であった。これらは、厳密には欧米でいうESBL(TEM型、SHV型)ではないが、共通した特性をもつことから、日本ではESBLとして扱われている。日本では欧米と異なりTEM型、SHV型のESBL産生菌の報告は少なく、CTX-M型産生菌が中心となっている。
ESBL産生菌は健康な人の糞便からも2%前後検出される。昨年度の我々の調査でも、糞便2.4%からESBL産生菌が検出されている。通常、ESBL産生菌を保菌していても、健康上問題は起こらない。しかし、当所に搬入された臨床材料由来のESBL産生菌株は尿由来のものが4割を占め、続いて膿などの滲出物、喀痰であった。このような背景を考えると、泌尿器疾患や慢性呼吸器疾患で長期にわたり第三セフェム系抗生物質の投与を受ける患者に対して注意が必要である。また、腸管出血生大腸菌O26のESBL産生の報告も出ている。病原性を持つ菌がESBL産生菌となることで、治療に対する抗生物質の選択域が狭まることも危惧される。
3 ESBL産生菌の確認方法
ESBL産生遺伝子はPCR法により検出可能であるが、TEM型、SHV型はその塩基配列により100以上のバリアンドが出現しおり、その中でESBLに入るのは一部であるため、PCR法でTEM型、SHV型を保有していても、ESBLと確定できない可能性もある。したがって増幅されたPCR産物のシークエンス等を解析したうえで、ESBLであるか否かを確認する必要がある。また、TEM型、SHV型、CTX-M型のいずれにも、そのバリアントが出現し、前記のPCR法では検出できない可能性も出てきている。
ESBL産性菌は、臨床材料から分離された菌のセフェム系に対しての薬剤感受性試験によって、推定および判定が可能である(図1)。しかし、※CLSI(旧NCCLS)が提示している薬剤感受性試験の結果でESBLを疑う場合は、クラブラン酸などのβラクタマーゼ阻害薬の添加された感受性ディスクを使用したダブルディスク法による酵素活性阻害(薬剤感受性の回復)の確認が必要となる。すでに各試薬メーカーからESBL検出用に、クラブラン酸を添加したディスクやストリップ、βラクタマーゼ検出用試薬等も市販されており、これらを用いて判定を行った方が賢明である。また、ダブルディスク法を応用した方法で得られた薬剤感受性パターンによりESBLのタイプまで推測できる方法もいくつか提唱されている。
ESBL産生菌による院内感染等の集団事例由来の菌株は、一般の下痢症集団事例などとは異なり、起因菌のパルスフィールド電気泳動法(PFGE)による泳動パターンが必ずしも一致しないことがしばしばある。これは、Rプラスミドにより、その薬剤耐性遺伝子のみが伝達されることもあるためである。また、それぞれの菌株が遺伝子上に保有している薬剤耐性遺伝子にESBLの薬剤耐性が加わるため、薬剤感受性パターンも一致しないことがある。
ESBL産生菌による集団感染事例を疑う場合の解析方法についてはまだまだ検討が必要である。
※CLSI:Clinical and Laboratory Standards Institute
(旧NCCLS:National Committee for Clinical Laboratory Standards)
薬 剤 | ディスク法 | MIC法 | |
判 定 | 判 定 | ||
CPDX | 10μg | ≦22mm | MIC≧2mg/ml以上 |
CAZ | 30μg | ≦22mm | |
AZT | 30μg | ≦27mm | |
CTX | 30μg | ≦27mm | |
CTRX | 30μg | ≦27mm |
| |
上記条件が一薬剤でも当てはまる場合は、
ESBL産生菌を疑い下記の確認試験へ |
↓ |
薬 剤 | ディスク法 | MIC法 | |
判 定 | 判 定 | ||
CPDX | 10μg | CVA入ディスクの
阻止円が5㎜以上 拡大する。 |
CVA添加培地では、
MIC 値が8倍以上 低下する。 |
CPDX/CVA | 10/10μg | ||
CAZ | 30μg | ||
CAZ/CVA | 30/10μg | ||
CTX | 30μg | ||
CTX/CVA | 30/10μg |
図1. ESBL検出ガイドラインおよび確認方法(CLSI;2000年による)