ノロウイルスによる集団胃腸炎の発生・拡大への不顕性感染者の関与(第26巻、11号)
2005年11月
Norovirus(NV)による胃腸炎は、ウイルス性胃腸炎の主流であるだけでなく、細菌性も含めた集団食中毒全体においても事例数、患者数ともに大きな割合を占め、その予防対策が大きな問題となっている。
従来、NVによる胃腸炎は生カキなど二枚貝の生食、あるいは加熱不足な状態での喫食に起因するものが主と考えられてきた。しかし、近年の傾向として生カキなど二枚貝の喫食によると推定される事例の割合は低下している。図1に昨年度の東京都におけるNVによる集団胃腸炎事例の発生状況と疫学的な調査から推定される感染経路の内訳を示した。昨年度発生した集団事例207事例のうち、生カキ等二枚貝の喫食に起因すると推定された事例は10%、発症者の共通喫食歴に生カキ等の二枚貝が含まれない食品媒介事例が25%であった。一方、幼稚園や小学校、病院、高齢者施設などで発生する食品の関与が考えられない、ヒトからヒトへの伝播によると思われる集団事例が36%と、食品媒介事例と同程度の高い割合でみられた。
調査対象207事例
図1. 集団胃腸炎からのNV検出状況(東京都:平成16年度)
NV胃腸炎の集団事例において、発生源あるいは拡大要因としてウイルスに感染していた非発症者、すなわちNVの不顕性感染者の存在が考えられる。集団事例の発生・拡大に関与する非発症者としては、食品の関与する事例であれば調理従事者、施設内の発生であれば園児、入所者など施設利用者のほか教員や看護、介護など施設職員が考えられる。昨年度、共通食のある集団事例のうち非発症の調理従事者からNVが検出された事例は29事例(14%)であった。
発症者と共通の喫食歴がある非発症者の糞便中に排出されているウイルス量と、発症者の糞便中に排出されているウイルス量を、ウイルス遺伝子レベルで比較した。図2に共通食喫食後の時間経過と測定されたNV遺伝子量の分布を示した。発症者群と非発症者群に排出ウイルス量の有意な差は認められず、発症者と同程度の量のウイルスを排出している非発症者の存在が明らかになった。また、ヒトからヒトへの伝播と考えられた施設内集団事例においても、非発症であった施設利用者および施設職員に不顕性感染者がみられる場合があり、これらの非発症者群と発症者群の糞便中に排出されるウイルス遺伝子量にも有意な差は認められなかった。
これらの結果から、NVに汚染された食品の喫食や、介護行為や汚染施設の清掃などでおう吐物や糞便に接した時にNVに暴露されることにより、ある程度の割合で不顕性感染が成立するものと推定された。発症者と同程度のウイルス量を排泄している非発症者の存在は、調理従事者であれば新たな集団発生を起こす可能性があり, 介護などにあたる施設の職員であれば施設内流行の拡大に関与する可能性が考えられる。
ノロウイルス食中毒および感染症集団発生の予防・拡大防止対策として、不顕性感染者の検索に加え、感染が明らかとなった調理従事者や介護, 看護職員等の就労への配慮なども重要な要因であり、これらを含めた広範な啓蒙活動が今後必要となろう。
図2. 発症者と非発症者におけるウイルス排出量の比較