東京都における毒素原性大腸菌集団下痢症(第27巻、4号)
2006年4月
毒素原性大腸菌(ETEC)は,耐熱性エンテロトキシン(ST)または易熱性エンテロトキシン(LT)と呼ばれる毒素の両方または,いずれか一方を産生する大腸菌で,1960年代後半〜70年代に明らかにされた菌である。ETECは,発展途上国における小児下痢症起因菌として最も重要である。また,海外旅行者下痢症において最も主要な原因菌であることが,当センターを始め多くの機関の調査によって確認されている。一方,当研究科が実施した大腸菌下痢症に関する遡り調査において,集団下痢症の原因菌としても重要であることが確認されて以来,検査対象菌に加えられた。ここでは,1966年〜2005年の40年間に東京都内で発生したETEC集団下痢症の細菌学的,疫学的特徴について紹介する。
過去40年間に都内で発生した下痢原性大腸菌による集団下痢症は253事例であり,そのうちETECを原因とした事例が最も多く121事例(47.8%),次いでEPEC 30事例(11.8%),EHEC 22事例(8.7%),EIEC 3事例(1.2%),EAggEC 1事例(0.4%),その他2事例(0.8%),不明74事例(29.2%)であった。
ETECによる集団下痢症の年代別発生状況は,1966年〜1970年では36事例中5事例(13.9%),70年代73事例中26事例(35.6%),80年代47事例中30事例(63.8%),90年代62事例中42事例(67.7%),2000年〜2005年では35事例中18事例(51.4%)であり,いずれの年代においても,ETECを原因とする事例が最も多かった。
ETEC集団下痢症121事例のうち,ST単独産生菌によるものが最も多く97事例,次いでLT/ST両毒素産生菌39事例,LT単独産生菌は12事例であった(表1)。ST単独産生菌の血清型は,O169:H41/NMが最も多く30事例(20.3%),次いでO27:H7/H20が23事例(15.6%),O148:H28が17事例(11.5%)であった。LT/ST両毒素産生菌の血清型はO6:H16/NMが35事例で大半を占めた。LT単独産生菌の血清型では,O25:NMが4事例(2.7%)の他,多種に渡った。
主な原因血清型および毒素型は,年代によって流行が認められた。すなわち,LT/ST産生のO6,ST産生のO27やO148は,いずれの年代でも発生が認められた。一方,ST単独産生のO169,LTまたはST単独産生のO25による事例は,1990年までは認められなかったが,それ以降,多く発生するようになり,O169(ST産生)は2000年以降では最も多い血清型である。
ETECによる集団下痢症事例では,複数の血清型・毒素型の大腸菌が原因となることも多く,これまでに11.6%に当たる14事例がそれに該当した。2種類の異なる血清型・毒素型のETECが検出された事例が7事例あった。中には,同一事例で6〜7種類の血清型や毒素型の異なるETECが検出された事例も認められた。こうした事例では,原因食品として旅行先での食事が疑われた事例が多い傾向であった。
推定原因食品についてみると,明らかにされた85事例中,最も多いのは旅行先(国内)での食事で25事例(20.7%),次いで集団給食15事例(12.4%),仕出し弁当および飲食店での食事(会食料理)が,それぞれ14事例(11.6%),井戸水・飲料水10事例(8.7%),旅行先(海外)での食事 3事例(2.5%)などであった(表2)。1980年代では井戸水・飲料水が推定原因食品(感染源)とみられる事例が多かったが,1990年代以降は認められていない。しかしながら,旅行先での食事とされている事例の中には,飲料水が疑われた事例もある。また1966年以来,集団給食が原因となった事例が多く認められていたが,2000年以降は発生していない。これに対して,仕出し弁当が原因である事例が1990年代以降増加していることは注目される。
上記の細菌学的あるいは疫学的変化は,我々の生活様式の変化や社会状況の影響によるものと推定される。今後ともETECによる食中毒・下痢症の動向に注目し,その原因を解明することが重要である。
表1.東京都における毒素原性大腸菌による集団下痢症:
毒素型および血清型,1966年〜2005年
毒素型 | 血清型 | 事例数 | |
LT+ST | O6:H16 | 31 (20.9%) | 39事例 (26.4%) |
O6:NM | 4 (2.7%) | ||
その他 | 4 (2.7%) | ||
ST | O25:NM | 8 (5.4%) | 97事例 (65.5%) |
O27:H7 | 17 (11.5%) | ||
O27:H20 | 6 (4.1%) | ||
O148:H28 | 17 (11.5%) | ||
O159:H20 | 7 (1.7%) | ||
O159:NM | 2 (1.4%) | ||
O159:H34 | 1 (0.7%) | ||
O169:H41 | 21 (14.2%) | ||
O169:NM | 9 (6.1%) | ||
その他 | 9 (6.1%) | ||
LT | O25:NM | 4 (2.7%) | 12事例
(8.1%) |
その他 | 8 (5.4%) | ||
合 計 | 148*(100%) |
* 対象事例数 121事例,1事例から複数の血清型・
毒素型菌が検出された事例もあるので, 対象事例数とは一致しない |
表2.毒素原性大腸菌による集団下痢症の推定原因食品
原因食品 | 1966〜 1970年 |
1971〜 1980年 |
1981〜 1990年 |
1991〜 2000年 |
2001〜 2005年 |
計 |
集団給食 | 2(40.0%) | 3(11.5%) | 3(10.0%) | 7(16.7%) | − | 15 |
飲食店の食事(会食料理) | − | 4(15.4%) | 4(13.3%) | 4(9.5%) | 2(11%) | 14 |
仕出し弁当 | − | − | 2(6.7%) | 9(21.4%) | 3(16.7%) | 14 |
寮の食事 | 1 | − | 1 | − | 2 | |
家庭の食事 | − | 1 | − | − | 1(5.5%) | 2 |
井戸水・飲料水 | 2(40.0%) | 7(26.9%) | 1 | − | − | 10 |
旅行中の食事:国内 | − | 4(15.4%) | 11(36.7%) | 7(16.7%) | 3(16.7%) | 25 |
旅行中の食事:海外 | − | − | − | − | 3(16.7%) | 3 |
不 明 | 1(20.0%) | 6(23.0%) | 9(30.0%) | 14(33.3%) | 6(33.3%) | 36 |
合 計 | 5 | 26 | 30 | 42 | 18 | 121 |