腸管出血性大腸菌感染症・食中毒の発生状況および分離菌株の疫学解析成績(平成18年)(第28巻、5号)
2007年5月
全国における腸管出血性大腸菌感染症の届出数は毎年3,000件前後であり,ほぼ横ばい状態である。東京都における届出数も平成16年 273件,平成17年 238件,平成18年268件と毎年250件前後で推移している(感染症発生動向調査事業報告書,東京都健康安全研究センター編)。
東京都では,平成11年から腸管出血性大腸菌(EHEC)およびサルモネラによる散在的集団発生( Diffuse outbreak ) 等の探知および食中毒の発生原因を迅速に解明して拡大防止を図ることを目的として「保菌者検索事業」を実施している。この事業に基づき,当研究センターでは病院や検査センター等で分離され,保健所を通じて搬入された菌株について,薬剤感受性試験やパルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)法等の疫学マーカー解析を行い,その成績を食品監視課および保健所等へ還元している。
平成18年に当研究センターに搬入されたヒト由来EHEC株は243株であった。血清型では,O157が220株(90.5%),O26が10株(4.1%),O111が4株(1.6%)であり,これら上位3血清型で全体の96.2%を占めていた。その他稀な血清型としては,O121が2株,O55,O63,O128,O145,O165が各1株検出された(表1)。稀な血清型菌が検出された事例の感染源は,いずれも不明であった。
表1.ヒト由来腸管出血性大腸菌の血清型と毒素型
(平成18年,東京都)
血清型 | 毒素型 | 合計(%) | ||
VT1 | VT2 | VT1+VT2 | ||
O157 | 1 | 110 | 109 | 220 (90.5) |
O26 | 9 | 1 | 10 ( 4.1) | |
O111 | 3 | 1 | 4 ( 1.6) | |
O121 | 1 | 1 | 2 ( 0.8) | |
O55 | 1 | 1 | ||
O63 | 1 | 1 | ||
O128 | 1 | 1 | ||
O145 | 1 | 1 | ||
O165 | 1 | 1 | ||
型別不能 | 1 | 1 | 2 | |
合計 | 14 | 117 | 112 | 243 (100) |
EHEC検出者の詳細な喫食調査および分離菌株の疫学マーカー解析によって行政的に食中毒と決定された事例は,4事例あった。これらのうち,焼肉店Aを原因施設とした事例について紹介する。
事例の概要を表2にまとめた。グループ1:平成18年7月11日,2名が焼肉店Aで焼肉等を喫食したところ,うち1名が5日後の16日から腹痛・下痢等を呈して入院,糞便検査でO157(VT1+VT2)が検出された。グループ2:7月12日,学生16名が同店で喫食したところ,1名が5日後の17日から腹痛,下痢等を発症,糞便からO157が検出された。その後の調査で,非発症者3名からもO157が検出された。グループ3:7月12日, 2名が同店で喫食したところ,うち1名が6日後の18日から腹痛,下痢等を呈して入院した。そして,糞便検査でO157が検出された。グループ4:7月12日,焼肉店Aと系列店である焼肉店Bを利用した約10名のうち1名が5日後の17日から腹痛、下痢等を呈し、糞便検査でO157が検出された。
感染源調査のため食品,拭き取り,従事者検便を行ったところ,焼肉店Aの従事者2名からO157(VT1+VT2)が,食品(参考品の鳥もも肉)からEHEC(血清型不明,VT2産生)が検出された。また,焼肉店Bから収去した食品(参考品のホルモン)と両店の共通仕入先から収去した食品(参考品の牛レバー)からもO157(VT2産生)が検出された。患者および非発症者から検出されたO157の関連性を調べるためにPFGE解析および薬剤感受性試験を行った結果,検出された菌株のPFGEパターン(T-0602i)および薬剤耐性パターン(感受性)は全て一致していた(写真)。また,2名の従事者由来株のうち1名由来株は患者由来株と完全に一致していたが,別の1名由来株は患者由来株とバンド1本異なっていた(T-0602i−2)。検出されたO157のPFGEパターン等が一致したこと,3グループの共通食が焼肉店Aの食事であったことから,本事例は食中毒と断定され,営業停止5日間(他に営業自粛2日間)の行政処分が行われた。焼肉店Bについては1名のみの発生であったため,食中毒とは断定されなかった。
本事例では,患者が複数の自治体にまたがって発生したが,迅速な情報交換および菌株の交換を行うことで,原因施設の特定および食中毒の拡大防止ができた。O157に汚染された食品が広域に流通していた場合,患者は広域に発生する。被害の拡大を防止するためには,関連自治体との連携が大切である。
表2.都内焼肉店Aを原因施設とした食中毒事例の概要
グループ 1 | グループ 2 | グループ 3 | グループ 4 | |
利用店 | 焼肉店A | 焼肉店A | 焼肉店A | 焼肉店B (焼肉店Aの系列店) |
利用日 | 7月11日 | 7月12日 | 7月12日 | 7月12日 |
同時喫食者数 | 2名 | 16名 | 2名 | 約10名 |
菌検出者数 | 1名 | 4名 | 1名 | 1名 |
検出菌 | O157 (VT1+VT2) |
O157 (VT1+VT2) |
O157 (VT1+VT2) |
O157 (VT1+VT2) |
写真.焼肉店Aを原因施設とした食中毒事例由来O157株のPFGEパターン