東京都健康安全研究センター
コレラの発生状況(2006年)

コレラの発生状況(2006年)(第28巻、8号)

2007年8月

 


 

我が国における発生状況

 

 厚生労働省国立感染症研究所報告(2007年3月29日現在)の2006年における我が国のコレラ報告数は45例(真性患者33例、無症状保菌者1例、疑似患者11例)で、推定感染地域別では国内が6例、海外が39例であった(表1)。死亡例はなかった。

 

 国内6例は全て真性患者(男性3例、女性3例)で、年齢別では、50代1例、60代1例、70代3例、80代1例で、全例50代以上であった。疫学的に関連性が認められる事例はなく、全て散発事例と思われた。発症月をみると、1月が2例、6月が1例、9月が3例であった。分離コレラ菌の血清型はO1小川型が5例の他、国内事例では初めてのO139コレラ菌が1例報告された。

 海外を推定感染地とする輸入事例のうち、擬似患者を除く28例(男性22例、女性6例)の年齢は、10歳未満1例、20代6例、30代2例、40代2例、50代8例、60代4例、70代5例であった。推定感染国はインドが12例と最も多く、ついでフィリピン10例(無症状保菌者1例を含む)、インドネシア3例、パキスタン1例、中国/フィリピン1例、タイ/カンボジア/ラオス/韓国1例であり、全てアジア地域であった。インドでは6月に6例認められているが、このうち5例は同一ツアーによる集団感染によるものであった。分離コレラ菌の血清型を推定感染国別にみると、インドではO1稲葉型7例、O1小川型2例、O1稲葉型とO1小川型の両者3例で、同じ南アジアのパキスタンの1例はO1 稲葉型であった。残りの東南アジアあるいは東アジア諸国では全てO1 小川型であった。O139コレラ菌は報告されていない。

世界の発生状況

 

 WHOの報告「WHO Weekly Epidemiological Record,82(31),2007」に基づき2006年における世界のコレラ発生状況を紹介する。世界全体としては、1961年にインドネシアに始まったエルトールコレラ菌によるコレラの発生が依然続いている。表2に示したようにWHOに発生を報告した国は前年より1か国多い52か国、患者数は236,896名で、うち死者数は6,311名であった。前年に比べ患者数は79%増加、死者数も約3倍になった。致死率(報告患者数に対する割合)は前年の1.72%から2.66%に上昇した。なお、致死率が5%を上回る国がアフリカ大陸で7か国あり、ハイリスク地域に居住する弱者グループでは30%近くにも達したところもみられた。

 

 WHOでは、世界で発生した75件の急性下痢症集団発生事例の確認作業に関与、そのうち28か国の46件はコレラと確認された。これらの93%はアフリカ大陸での発生であった。

 

 アフリカ大陸では、33か国から前年より87%多い患者数234,349名が報告されたが、これは世界全体の99%を占め、1990年代末と同様のレベルであった。死者数は前年に比べ2.8倍の6,303名、致死率は2.7%であった。特にアンゴラ、コンゴ民主共和国、エチオピアおよびスーダンからの報告数が多く、この4か国でアフリカ大陸全体の約80%を占めていた。

 

 アメリカ大陸で発生報告のあったのはカナダと米国で、前者からは2名の輸入例が、後者からは8名報告、そのうち4名は輸入例であった。中央および南アメリカからの報告はなかった。1991年に初めて中南米に上陸、猛威を振るったコレラの流行は報告数0までになったが、今後もサーベイランスや防疫に関して強力な地域参加体制を継続維持する必要がある。

 

 アジアにおける発生は増加を続けてきたが、2006年の報告患者数は6か国からの2,472名、死者数8名と減少し、2004年の約3分の1であった。報告数が多いのはインド(1,939名)、マレーシア(237名)、中国(161名)であった。なお、中央アジア諸国からの報告はないが、現地で発生している集団下痢症に関しては強い関心が示されている。

 

 ヨーロッパからは、英国(49名)、オランダ(3名)、フランス(2名)、スペイン(2名)など、10か国から計62名が報告されているが、いずれも輸入例であった。

 

 オセアニアにおける報告は、オーストラリアからの輸入例3名だけであった。

 

 1992年ベンガル湾沿いに突発したO139コレラ菌による報告は中国とタイからあった。それによると、中国ではコレラ発生を報告した14省のうち12省でO139が検査室確認されている。WHOでは、O139コレラ菌は次期パンデミックの原因となる恐れがあるため、コレラを診断する際はO1及びO139両者を対象とした検査を実施するよう奨励している。

 

 コレラは多くの国で拡散防止の努力が払われてきているが、各種疾病の集団発生リスクが高い不衛生な条件化での生活を強いられている弱者層にとっては、今もって大きな脅威である。このことに関しては、環境管理の改善、適切な経口ワクチンの使用といった効果的な公衆衛生における介入策を実行に移すことが重要である。

 

 ここに述べたWHOからの公式報告数は世界的なコレラの状況をよく示していると思われる。しかし、国あるいは地域によっては、未あるいは不十分な報告、また用いられた患者規定の矛盾、標準用語の欠如などサーベイランスシステムの限界などもあって、実際の発生数を必ずしも反映したものではない。

 

表1 我が国におけるコレラの発生状況

年次 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006
輸入事例数 66(8) 68(12) 45(10)

41

(6)

38( 9) 27( 7)

21

(5)

71(10) 45(11)

39

(8)

国内事例数 36(10) 7( 0) 6( 0)

11

(1)

12( 4) 22( 7) 2( 0) 11( 2) 11( 2) 6( 0)
合計 102(18) 75(12) 51(10) 52( 7) 50(13) 49(14) 23( 5) 82(12) 57*(13)

45

(8)

                               ( ):東京都分再掲 *感染地不明1例を含む

表2 世界のコレラの発生状況(WHO Weekly Epidemiological Record)

年次 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006
報告国数 65 74 61 56 57 52 45 56 51 52
患者数 147,425 293,121 254,310 137,071 184,311 142,311 111,575 101,383 131,943 236,896
死者数 6,274 10,586 9,175 4,908 2,728 4,564 1,894 2,345 2,272 6,311
致死率(%) 4.25 3.61 3.6 3.58 1.48 3.2 1.69 2.31 1.72 2.66

多摩支所 微生物研究科 松下 秀

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