麻しん2007 −2007年シーズンに都内で流行した麻しんの血清・分子疫学調査−(第29巻、1号)
2008年1月
平成19(2007)年には全国規模で、6年ぶりの大規模な麻しんの流行がみられた。麻しん患者の報告数は、図1に示した通り都内でも3月中旬(10週)から増え始め、5月後半(20〜21週)をピークとして7月中旬(29週)まで続き、感染症法による集計が開始された平成11年以降最高となった。
図1.成人麻しん患者報告数推移グラフ(2000-2007年) |
患者年齢は、6年前の流行と比較して10歳以上の割合が高く、患者が発生した学校の休校や学級・学年閉鎖などが相次ぎ社会的な問題にもなった。
当センターでは麻しん流行の実態を把握する目的で、感染症対策課を始め関連部署と連携して流行ウイルスの遺伝子解析と都民の抗体保有状況について調査を行った。
平成19年(2007)年1月から9月末までに感染症発生動向調査事業で搬入された検体のうち麻しんウイルスの関与が疑われた検体207件および麻しんの疫学調査の目的で搬入された検体27件についてFP(Fusion Protein)領域を標的とするRT-PCR法により遺伝子検索を行った。この遺伝子検索によって陽性となったものについては、国立感染症研究所の「病原体検出マニュアル」に従って、NP(Nucleocapsid Protein)遺伝子領域を標的とするPCR法を行ない、得られた遺伝子産物を精製し、ダイレクトシークエンス法により遺伝子配列を決定した。得られた遺伝子配列533塩基対のうち遺伝子位置1302〜1686までの385塩基についてNJ法(neighbor-joining method)により分子系統樹解析を行ない、遺伝子型を決定した。一部の検体についてはB95a(マーモセットリンパ球由来)培養細胞を用いて麻しんウイルスの分離試験を併せて行った。
その結果、感染症発生動向調査検体42件、疫学調査検体14件、計56件から麻しんウイルス遺伝子を検出した。また、B95a培養細胞による分離試験では12株の麻しんウイルスを分離した。
検出したこれら56件の麻しんウイルス遺伝子の型別を調査した結果、D5型46件、A型4件、不明6件であった。今回検出された麻しんウイルスD5型の塩基配列は、図2に示した通り系統樹解析において同一グループに分類された。A型の遺伝子が検出された3名の患者は、検体採取日の2週間以内に麻しんのワクチン接種を受けていたことが確認されている。また、D5型の麻疹ウイルスは、6年前の麻疹流行時にも都内で検出されていた。以上の遺伝子解析結果から、今回の麻しんの流行は、新型ウイルスによるものではなく、従来から国内で流行している麻しんウイルスの型であるD5型によるものであることがわかった。
図2.麻しんウイルスNP遺伝子の分子系統樹 |
平成18年6月から10月に都内在住の生後10ヶ月から68歳までの健康な都民から採取した334件の血清を対象として、ゼラチン粒子凝集法(PA法)により麻疹ウイルスに対する抗体価を測定し、得られた麻しん抗体保有状況を図3にまとめた。麻しんワクチン定期接種の接種年齢である1歳を過ぎた2〜3歳の年齢階層では、ワクチン接種者の平均PA抗体価が1300倍近くまで上昇しているが、その後は加齢と共に低下し、15〜19歳の年齢階層では500倍程度にまで落ちている。この原因の一つとして、近年の麻しん患者数の減少がある。患者数が減少すると、日常の生活環境で麻しんウイルスに暴露されることが少なくなり、免疫力が増強される機会が減って、ワクチンで獲得した免疫力が減衰すると考えられる。このような背景から、わが国ではワクチン接種後数年たってから麻しんに罹患する2次性ワクチン不全(secondary vaccine failure: SVF)による患者の増加が懸念されていた。この抗体保有状況調査の結果からも、今回の流行が、10歳代を中心とした麻しんウイルスに対する抗体価の低下によって生じたものであることが示唆された。
図3.都民における麻しんウイルス抗体保有状況 |
これらのことから2007年の成人麻しんの流行は、麻しんウイルスの変異によるものではなく、罹患暦のない年齢層におけるSVFが増加したために起こったものと推察された。
2008年6月から10月までに採取した健康な都民の血液365検体を対象としてPA法により麻しんウイルスに対する抗体価を調査した結果もあわせて、平成13年以降の抗体保有率と平均抗体価の推移を図4に示した。ワクチン接種群における平均抗体価は依然低く推移しており、今年も東京都における麻しんの流行が危惧される。
図4.過去7年間における都民における麻しんPA抗体価の推移 |