食中毒の原因食品となったメジマグロにおけるアニサキスの寄生状況(第29巻、10号)
2008年10月
アニサキス症はアニサキス科 Anisakis 属または Pseudoterranova 属の第3期幼虫が寄生している魚介類を生食することにより起こる幼虫移行症で、胃腸炎などの症状を呈する。わが国では Anisakis simplex ( A. simplex )、 Pseudoterranova decipiens 、 Anisakis physeteris の3種によるアニサキス症が報告され、年間2,000人以上の患者が発生していると推定されている1)。
平成11年に食品衛生法施行規則の一部改正が行われ、飲食に起因するアニサキスによる健康被害も食中毒として扱われ、届け出・調査の対象(平成11年厚生省令第105号)とすることが定められた。しかしながら、東京都において平成12〜19年の8年間に届出された食中毒約800件中、アニサキスによる食中毒は6件と少数であった。このうち2事例については、患者および残品から A. simplex が検出され、原因食品はそれぞれメジマグロ(クロマグロの若魚)とシロザケと特定された。
これまで、当研究室においても、サケ、マスなどの魚介類におけるアニサキスの寄生状況について調査を行い、サケ・マス類では腹部筋肉に高率に寄生していることを報告している2)が、メジマグロについては調査を行っていなかった。そこで、平成17年6月から平成18年11月に都内に流通するメジマグロを対象にアニサキスの寄生状況を調査した。
メジマグロにおける月別・産地別のアニサキスの寄生状況を表1に示した。メジマグロ39尾中21尾の内臓にアニサキスの寄生が認められ、そのうち1尾では筋肉中にも寄生していた。また、アニサキスの寄生が認められたメジマグロは重量が3Kg以上で、寄生数は1〜349個体と、魚体により差があったが、寄生数とメジマグロの重量に相関は認められなかった(図1)。一方、9〜11月に太平洋側で水揚げされた重量3Kg未満の小型のメジマグロ10尾にはアニサキスの寄生が全く認められなかった。
メジマグロに寄生していたアニサキスは形態学的な特徴からすべて A. simplex であった。近年、 A. simplex は遺伝的多型が認められ、 A. simplex sensu stricto ( A. simplex s. str. )、 A. pegreffii 、 A. simplex Cの3種の同胞種に分類することが提唱されている。しかしながら、これら3種の第3期幼虫は形態学的な分類が困難であるため、リボゾームDNAやミトコンドリアDNAなどの解析による分類が報告されている3)。そこで、得られた A. simplex のうち、大きさの異なるものを一部選択し、リボゾームDNA(ITS領域)の遺伝子解析を行った結果、すべて A. pegreffii であった。
クロマグロは春から夏にフィリピン沖から日本近海で孵化し、日本沿岸域を夏に北上し冬は南下する南北移動を行い、ふ化後1歳くらいで体重約3Kgに成長する。1〜2年経つと一部は太平洋を横断して北アメリカ沿岸で数年滞留し、再び日本近海に戻る回遊魚である。一方、 A. simplex の同胞種の日本近海における地理的分布は、北方領域の魚には A. simplex s. str. が多く寄生し、本州以南の魚には A. pegreffii が多いと報告されている3)。これらのことから、メジマグロには A. simplex s. str. と A. pegreffii の両種が寄生している可能性が考えられた。しかしながら、今回の調査ではメジマグロから A. pegreffii のみが検出され、前記のメジマグロによる食中毒事例においても検出された A. simplex は A. pegreffii であったことから、 A. pegreffii が南方海域でメジマグロに寄生したものと考えられた。また、3Kg未満のメジマグロにアニサキスの寄生が認められなかったのは、重量と漁獲時期から0歳魚のため、南方海域での棲息期間が短く、アニサキスが寄生する機会が少なかったものと考えられた。
今回の調査で筋肉中からアニサキスが検出されたメジマグロは1尾のみであったが、内臓には300個体以上と多数のアニサキスが寄生している魚体もあったことから、新鮮なうちに内臓を取り除く処理を行い、内臓に寄生しているアニサキスの筋肉への移行を防ぎ、ヒトへの感染リスクを減らす必要がある。また、都内においてメジマグロは年間を通して市場に冷蔵流通していることから生食には注意が必要である。
1)国立感染症研究所:病原微生物検出情報,25(5),114-115,2004.
http://idsc.nih.go.jp/iasr/25/291/tpc291-j.html
3)川中正憲,他:食品衛生研究,56(6),23-34,2006.
表1 メジマグロの月別・産地別アニサキス寄生状況
調査月 | 産 地 | 検査数 | 陽性数 | 平均寄生数 | 平均重量
(kg) |
|
---|---|---|---|---|---|---|
内臓 | 筋肉 | |||||
5月 | 福岡県産 | 1 | 1 | 305 | 0 | 11.6 |
6月 | 福岡県産 | 7 | 7 | 31 | 0 | 3 |
鳥取県産 | 2 | 2 | 41 | 0 | 3.7 | |
宮城県産 | 1 | 1 | 349 | 3 | 3.6 | |
7月 | 宮城県産 | 1 | 0 | 0 | 0 | 6.4 |
福岡県産 | 4 | 1 | 05.1 | |||
8月 | 島根県産 | 3 | 1 | 44 | 0 | 5.8 |
9月 | 岩手県産 | 5 | 0 | 0 | 0 | 1 |
10月 | 鳥取県産 | 5 | 3 | 32 | 0 | 7.2 |
岩手県産 | 4 | 0 | 0 | 0 | 1.5 | |
11月 | 福岡県産 | 5 | 5 | 45 | 0 | 7.8 |
茨城県産 | 1 | 0 | 0 | 0 | 2.3 |
図1 アニサキスが検出されたメジマグロの重量と寄生数の関係