東京都において分離された赤痢菌およびサルモネラの菌種・血清型および薬剤感受性について(第30巻、5号)
2009年5月
2008年に東京都健康安全研究センター並びに都・区検査機関、都内の病院、登録衛生検査所等で分離された赤痢菌とサルモネラを対象に、当所で実施した菌種、血清型別および薬剤感受性試験の成績について、その概略を紹介する。
供試菌株は、都内の患者とその関係者および保菌者検索事業によって分離された赤痢菌37株(海外旅行者由来31株を含む)とサルモネラ114株(海外旅行者由来19株を含む)である。
血清型別は、常法により行った。薬剤感受性試験は、米国臨床検査標準化協会(CLSI:Clinical and Laboratory Standards Institute, 旧NCCLS)の抗菌薬ディスク感受性試験実施基準に基づき、市販の感受性試験用ディスク(センシディスク;BD)を用いて行った。供試薬剤は、クロラムフェニコール(CP)、テトラサイクリン(TC)、ストレプトマイシン(SM)、カナマイシン(KM)、アンピシリン(ABPC)、スルファメトキサゾール・トリメトプリム合剤(ST)、ナリジクス酸(NA)、ホスホマイシン(FOM)、ノルフロキサシン(NFLX)およびセフォタキシム(CTX)の10剤である。NA耐性株についてはE-test(アスカ純薬)を用いてシプロフロキサシン(CPFX)、レボフロキサシン(LVFX)、オフロキサシン(OFLX)、NFLXの4種類のニューキノロン系薬剤に対する最小発育阻止濃度(MIC:μg/ml)を測定した。また、CTX耐性の菌株については、Extended-spectrum β-lactamase (ESBL)産生菌であることを疑い、セフポドキシム(CPDX)、セフタジジム(CAZ)、 セフトリアキソン(CTRX)、アズトレオナム(AZT)、セフォタキシム(CTX)およびアモキシシリン・クラブラン酸合剤(AMPC/CVA)の感受性試験用ディスク(BD)を用いたDouble disk synergy testにより、クラブラン酸によるβ-ラクタマーゼ活性阻害の有無を確認した。チフス菌およびパラチフスA菌については、菌株を国立感染症研究所(感染研)に送付し、ファージ型別を依頼した。
赤痢菌の菌種および耐性菌の出現頻度を表1に示した。
赤痢菌37株の菌種別内訳は、ディセンテリー菌1株(海外由来)、フレキシネル菌7株(海外4、国内3)、ボイド菌4株(全て海外)、ソンネ菌25株(海外22、国内3)であった。いずれかの薬剤に耐性を示したものは35株(94.6%)で、その薬剤別耐性頻度は、SM(89.2%)、TC(81.1%)、ST(81.1%)、NA(40.5%)、ABPC(24.3%)、CP(16.2%)、NFLX(8.1%)、CTX(5.4%)の順であった。耐性株35株の薬剤耐性パターンは14種に分かれた。ディセンテリー菌1株は「TC・SM・ST」であった。フレキシネル菌6株中2株は「CP・TC・SM・ST・NA・NFLX」、その他4株はそれぞれ、「CP・TC・SM・ABPC・ST・NA」、「CP・TC・SM・ABPC・ST」、「TC・SM・ABPC・ST」、「CP・TC・SM・ABPC」であった。ボイド菌4株では、「TC・SM・ST・NA」、「CP・TC・ABPC・ST」、「TC・SM・ST」、NA単剤耐性が各1株であった。ソンネ菌24株では「TC・SM・ST」
(10株)、「TC・SM・ST・NA」(6株)が主要なものであった。
NA耐性を示した15株(海外11、国内4)について、ニューキノロン系薬剤に対するMICを測定した結果、3株は耐性(CPFX:4〜12μg/ml、LVFX:6〜8μg/ml、OFLX:16〜>32μg/ml、NFLX:16〜32μg/ml)を示し、残る12株は低感受性であった。耐性の3株は、フレキシネル3a(2株)およびソンネで、全てインドからの帰国者から検出されたものである。
CTX耐性はソンネ菌2株に認められ、海外渡航歴のない人および中国からの帰国者から検出された。薬剤耐性パターンは「SM・ABPC・ST・NA・CTX」および「TC・SM・ABPC・ST・NA・CTX」で、Double disk synergy testの結果、両株ともクラブラン酸によるβ-ラクタマーゼ阻害効果が認められ、PCR法においても両株ともにTEM型とCTX-M-1型遺伝子の保有が認められたことから、ESBL産生菌であることが確認された。ESBL産生の赤痢菌は、国内では2006年頃から報告されており、その拡大が懸念されている。東京都では2006年に1株検出され、今回の2株で合計3株となった。なお、国内由来の1株については、福岡県への旅行歴が認められた。同時期に福岡市を中心として細菌性赤痢の散発的集団例が発生しており(国立感染症研究所・病原微生物検出情報29巻,342-343頁,2008年)、菌株を感染研に送付してパルスフィールドゲル電気泳動法による分子疫学的解析を行った結果、これら一連の集団事例株とパターンがほぼ一致し、関連が推察された。(ただし、福岡市由来株はCTXへの耐性は認められていない。)
一方、チフス菌14株は全てが海外由来で、14株中、NA単剤に耐性のものが9株、「CP・SM・ABPC・ST・NA」の5剤耐性が2株、FOM単剤に耐性が1株であった(表1)。パラチフスA菌5株(全て海外由来)では、その耐性パターンはNA単剤(4株)、「NA・FOM」(1株)であった。近年、チフス菌およびパラチフスA菌においてニューキノロン系薬剤に低感受性または耐性の菌の増加が問題となっている。今回の調査でも、チフス菌およびパラチフスA菌のうち、NA耐性を示した16株は全てニューキノロン系薬剤に低感受性であった。
チフス菌13株についてのファージ型別結果(国立感染症研究所で実施)は、E1型が6株、E9型が3株、M1型が2株、UVS(Untypable Vi strain)2型、UVS3型がともに1株であった。パラチフスA菌5株のファージ型は、1型、2型、5型が各1株、UT(untypable strain)型が2株であった。
チフス菌・パラチフスA菌以外のサルモネラ95株(全て国内由来)の血清型および耐性菌の出現頻度を表2に示した。O群別内訳は、O7群32株(33.7%)、O4群26株(27.4%)、O8群21株(22.1%)、O9群7株(7.4%)、O3,10群6株(6.3%)、O13群2株(2.1%)、O1,3,19群が1株(1.1%)であった。O7群、O4群、O8群、およびO9群で全体の90.6%を占めた。また、主な血清型は、 S. Agona(O4群,8株)、 S. Typhimurium(O4群,8株)、 S. Thompson(O7群,8株)、 S. Infantis(O7群,7株)、 S. Enteritidis(O9群,7株)であった。
サルモネラ95株中30株(31.6%)が耐性株で、例年とほぼ同様の耐性頻度であった(前年は36.8%)。各薬剤に対する耐性頻度は、TC(29.5%)、SM(17.9%)、ABPC(7.4%)、KM(6.3%)、NA(6.3%)、CP(2.1%)、ST(1.1%)であった。なお、FOM、NFLXおよびCTX耐性株は認められなかった。薬剤耐性パターンは10種で、「TC・SM」(9株)、TC単剤(8株)が主要なものであった。O群別の耐性頻度では、O13群(50.0%)、O8群(42.9%)、O4群(42.3%)およびO7群(21.9%)が高かった。血清型から耐性頻度をみると、上記の主要血清型では S. Typhimurium (62.5%)、 S. Infantis(28.6%) 、 S. Thompson(25.0%)の耐性頻度が高かった。
NA耐性を示した6株について、ニューキノロン系薬剤に対するMICを測定した結果、1株は中間(CPFX:2μg/ml、LVFX:1.5μg/ml、OFLX:4μg/ml、NFLX:8μg/ml)、残る5株は低感受性であった。
今後もこれらの耐性菌は、ますます増加する事が予想されるため、引き続き、薬剤感受性試験の動向を注意深く監視する必要がある。
表1. 赤痢菌およびサルモネラの薬剤耐性菌の出現頻度(2008年:東京)
菌種・血清群 | 供試株数(%) | 耐性株数(%)* | ||
赤痢菌 | 37 | (100) | 35 | (94.6) |
ディセンテリー | 1 | (2.7) | 1 | (100) |
フレキシネル | 7 | (18.9) | 6 | (85.7) |
ボイド | 4 | (10.8) | 4 | (100) |
ソンネ | 25 | (67.6) | 24 | (96.0) |
チフス菌 | 14 | 12 | (85.7) | |
パラチフスA菌 | 5 | 5 | (100) |
表2.サルモネラ(チフス菌、パラチフスA菌を除く)の血清型と薬剤耐性菌出現頻度 (2008年:東京)
O群 | 血清型 | 供試株数(%) | 耐性株数(%)* | ||
O4 | Agona | 8 | 1(12.5) | ||
Brandenburg | 1 | 0 | |||
Derby | 2 | 2(100) | |||
Saintpaul | 3 | 0 | |||
Schwarzengrund | 3 | 2(66.7) | |||
Typhimurium | 8 | 5(62.5) | |||
型別不能 | 1 | 1(100) | |||
小計 | 26(27.4) | 11(42.3) | |||
O7 | Bareilly | 1 | 0 | ||
Braenderup | 4 | 1(25.0) | |||
Infantis | 7 | 2(28.6) | |||
Mbandaka | 1 | 0 | |||
Mikawasima | 1 | 0 | |||
Montevideo | 3 | 0 | |||
Oranienburg | 5 | 1(20.0) | |||
Rissen | 1 | 1(100) | |||
Tennessee | 1 | 0 | |||
Thompson | 8 | 2(25.0) | |||
小計 | 32(33.7) | 7(21.9) | |||
O8 | Bardo | 2 | 0 | ||
Corvallis | 2 | 0 | |||
Istanbul | 2 | 2(100) | |||
Litchfield | 1 | 1(100) | |||
Manhattan | 4 | 4(100) | |||
Nagoya | 1 | 0 | |||
Narashino | 1 | 0 | |||
Newport | 3 | 1(33.3) | |||
Pakistan | 2 | 0 | |||
Yovokome | 1 | 1(100) | |||
型別不能 | 2 | 0 | |||
小計 | 21(22.1) | 9(42.9) | |||
O9 | Enteritidis | 7 | 1(14.3) | ||
小計 | 7(7.4) | 1(14.3) | |||
O3,10 | Amager | 1 | 0 | ||
Anatum | 1 | 0 | |||
Meleagridis | 2 | 1(50.0) | |||
Uganda | 1 | 0 | |||
Weltevreden | 1 | 0 | |||
小計 | 6(6.3) | 1(16.7) | |||
O1,3,19 | Senftenberg | 1 | 0 | ||
小計 | 1(1.1) | 0 | |||
O13 | Havana | 1 | 0 | ||
Worthington | 1 | 1(100) | |||
小計 | 2(2.1) | 1(50.0) | |||
合 計 | 95(100) | 30(31.6) |
*供試薬剤(10種類)のいずれかに耐性を示した菌株 |