結核菌遺伝子型別検査法のあらたな展開(第30巻、7号)
2009年7月
結核菌は他の菌と比べ血清型やファージ型分類に乏しいため、結核菌による感染事例が、同一原因による集団感染か、偶発的な散発事例であるかを調査するためには、遺伝子解析による型別法が有効である。中でもRestriction Fragment Length Polymorphism法(以下RFLP法)による遺伝子解析はその鑑別能力の高さから、広く用いられてきた。RFLP法は、結核菌遺伝子を制限酵素で切断後、電気泳動でDNA断片を分離し、結核菌特異的な挿入配列であるIS6110(図1)をプローブとしてサザンハイブリダイゼーション法を実施し、IS6110に相補的なバンドを検出し、このパターンを比較するものである。
図2に5株の臨床分離株のRFLPパターンを示した。検体3、4、5は同一パターンを示し、同一感染源由来の株であることが推定され、検体1、2はそれらと異なるパターンを示すことから、他の感染源からの感染が推定される。
RFLP法は精度と安定性、鑑別能力が高いことから、結核菌型別試験の世界的標準法とされてきた。しかしながら、検査を実施するには損傷が少なく、純度の高いDNAが1μg以上必要で、菌数が少ない場合は、十分な量のDNAを得るために菌をさらに培養する必要があり、結果を得るまでに、場合によっては1ヶ月以上の時間を要する。
近年、菌株の新しい型別法として、結核菌遺伝子中の多重反復配列の反復数を株間で比較するVariable Numbers of Tandem Repeats法(以下VNTR法)が注目されている。
図3に示したように、結核菌の遺伝子中には、約50〜100塩基対を単位とするユニット(反復配列)が直列につながった多重反復配列の領域が多数存在している。VNTR法は、各領域の反復数が株間で異なることを利用して型別する方法で、各領域の外側の定常領域にPCR法のプライマーを設計してPCR反応による遺伝子増幅を行い、PCR産物の分子量から反復数を算出し、各領域の反復数を数値化して並べて遺伝子型とする。これをアリルプロファイルという。図4では、菌株1のアリルプロファイルは2-3-2-1、菌株2は2-3-2-5、菌株3〜5は2-3-3-5となる。このアリルプロファイルを比較することで、同一感染源由来かどうか判定する方法である。
VNTR法はPCR法を応用した方法であるため、必要なDNA量がRFLP法の1/10以下でよく、培養初期の菌量の少ない時期でも、また排菌量が多いときは直接喀痰からでも検査が実施でき、結果が迅速に得られ、その菌情報を早期に提供できるという利点がある。さらに、死滅した菌からも検査が可能であり、またデータが数値化されるため、過去の株との比較や、他機関とのデータ照合、データベース化が容易という利点もある。
我々の調査結果でも、同一RFLPパターンを示した株を、VNTR法で解析した結果、感染事例内の株では、各領域はほぼ同じ反復数を示したが、事例が異なると反復数の異なる領域もあることが明らかとなった。これはRFLP法で用いるIS6110が長期間にわたって安定であるのに対し、VNTR法の多重反復配列の中には、変異しやすい領域があるためで、RFLP法とVNTR法を併用することで、集団感染事例の事例内、事例間の関連など、よりきめ細かい分子疫学的情報を結核対策の現場に提供できると考えられる。
一方、VNTR法のターゲットである各反復配列は、ほとんどの結核菌株で同一の反復数を示す領域から、株間での相違が大きい領域、中には同一人物から時期をずらせて分離した株で変異が生ずるような超可変領域まで、多様性はさまざまである。そのため、検査する領域の組み合わせ方によって、その特異度が異なることが報告されている。どの領域を何ヶ所選択し検査すれば正確に鑑別できるか等、VNTR法の標準法が早期に作成されることが望まれる。
今後、都内で発生した結核感染事例より分離された菌株の、疫学的聞き取り情報、RFLP法並びにVNTR法で得られた菌の分子疫学的情報、薬剤感受性情報などをデータベース化し、新たに分離された菌株を過去の感染事例分離株とデータベースで照会、発生源や感染経路追求のための資料を保健行政の現場に提供していきたいと考えている。
図1.結核菌の遺伝子と結核菌特異的挿入配列
図3.結核菌遺伝子中の多重反復配列
図4.VNTR法の原理