ノロウイルス集団感染症発生時に高率に検出されたエンテロトキシン産生性ウエルシュ菌について(第30巻、9号)
2009年9月
高齢者福祉施設でのノロウイルス感染症発生時に、患者ふん便からエンテロトキシン産生性のウエルシュ菌が高率に検出される事例が最近多く認められている。ウエルシュ菌は腸管内の常在菌であり、大部分の菌はエンテロトキシンを産生しない。しかし、一部にエンテロトキシンを産生する菌があり、これは食中毒や下痢症の起因菌となる。ノロウイルス感染症集団発生時に高率に検出されるエンテロトキシン産生性ウエルシュ菌の病原学的意義については、未だ明らかではないが、これらの検出事例と分離菌株の特徴について紹介したい。
2005年2月〜2009年2月に発生したノロウイルス集団感染症事例のうち、患者ふん便5検体以上を検査した41事例(患者ふん便662検体)について、エンテロトキシン産生性ウエルシュ菌の検出状況を調べた。その結果、高齢者群で発生した18事例では本菌の陽性率が19.0%であり、他の患者群23事例の陽性率0〜2.7%に比べ非常に高い結果であった(表1)。
高齢者群で発生した18事例の内訳は、患者が施設入居者である事例が15事例、施設通所者である事例が2事例、老人会の会合で発生した事例が1事例であった。この内、エンテロトキシン産生性ウエルシュ菌の検出率が 42.9〜80.0%と著しく高率であったのは、患者が施設入居者であった7事例であった(表2)。他の11事例の陽性率は0〜4.4%であった。以下この7事例を対象に記載する。
これらの7事例の患者は、嘔吐、嘔気、下痢を主症状とするノロウイルス感染症の症状を示していた。ノロウイルスのみの検出者、エンテロトキシン産生性ウエルシュ菌のみの検出者、あるいはその両方の検出者の臨床症状の違いについては、明らかではない.
分離されたエンテロトキシン産生性ウエルシュ菌の血清型をみると、主に1種類であったのが3事例、2種類が3事例、3種類が1事例であった。主な血清型はTW25(3事例),TW62(3事例)、TW47(2事例), TW2(1事例),TW58(1事例)で、TW25、TW62、TW47が多い特徴が認められた。また、これらの分離菌株についてウエルシュ菌エンテロトキシン遺伝子の存在部位を調べた結果、食中毒事例由来株ではその多く(約75%)がクロモゾーム上に存在するのに対し、7事例由来株ではすべてプラスミド上に存在していた。エンテロトキシン遺伝子の存在部位による病原性の差についてもまだ明らかではない。
これらの7事例の内の2事例では居室環境の拭き取り検査も行われた結果、居室では90.0%と28.6%、浴槽や談話室等の共同施設では83.3%と57.1%、トイレ等では66.6%と62.5%と高率にエンテロトキシン産生性ウエルシュ菌が分離された。さらに1事例では風呂の水からも当該菌が検出された。しかし、調理場では2施設ともそれぞれ6.7%、0%とほとんど検出されなかった。一方、対照群としてノロウイルス感染症が発生していない高齢者施設10施設では、トイレや汚物室・洗濯室等から一部エンテロトキシン産生性ウエルシュ菌が検出された施設はあったが、居室等の居住環境からは検出されなかった。
居住環境から高率にエンテロトキシン産生性ウエルシュ菌が検出された2事例においては、約2年後の平常時に、担当保健所の独自事業の一環として追跡調査がなされた。事例1ではノロウイルス集団感染症時と同じ血清型のエンテロトキシン産生性ウエルシュ菌が再度検出されたが、検出率は低くなっていた。ふん便検査では集団感染症時41.7%、追跡調査では26.7%、トイレ等では集団感染症時66.6%、追跡調査では26.7%の検出率であった。事例2では入居者ふん便、洗濯室、洗濯槽、浴室、トイレ等から集団発生時とは異なった血清型のエンテロトキシン産生性ウエルシュ菌が検出率は低いが検出された。
ノロウイルス感染症発生時に高率にエンテロトキシン産生性ウエルシュ菌が検出される事例は、東京都以外の地域でも報告されている。今後、ノロウイルス感染症事例の際には、患者発生の疫学的調査やウイルス検査と併せて、エンテロトキシン産生性ウエルシュ菌の病原学的役割を検討していく予定である。
表1.ノロウイルス集団感染症発生時におけるエンテロトキシン産生性ウエルシュ菌の検出状況
患者群 | 事例数* | ENTウエルシュ菌** | |||
---|---|---|---|---|---|
検査数 | 陽性数 | 陽性率(%) | |||
高齢者(施設入居者等) | 18 | 394 | 75 | (19.0) | |
園児 | 11 | 140 | 1 | ( 0.1) | |
小学生 | 4 | 71 | 0 | ||
中学生 | 1 | 9 | 0 | ||
大学生(学生寮入居者) | 1 | 12 | 0 | ||
成人(新人寮入居者) | 1 | 36 | 1 | ( 2.7) | |
成人(会社員) | 5 | 55 | 0 | ||
計 | 41 | 662 | 77 | (11.6) |
*2005年2月-2009年2月に発生した患者検査数5名以上の事例
**エンテロトキシン産生性ウエルシュ菌
表2.エンテロトキシン産生性ウエルシュ菌が高率に検出された高齢者施設での検出状況
事例 | 発生年月 | 患者数* | 検査件数 | ノロウイルス
検出数(%) ウエルシュ菌 |
||
---|---|---|---|---|---|---|
検出数(%) | 主な血清型 | |||||
1 | 2005年2月 | 59 | 24 | 15( 62.5) | 13( 54.2) | TW47 |
2 | 2005年3月 | 25 | 20 | 2( 10.0) | 11( 44.0) | UT** |
3 | 2005年8月 | 12 | 12 | 5( 41.7) | 6( 50.0) | TW2,TW62 |
4 | 2006年12月 | 23 | 23 | 15( 60.0) | 13( 56.5) | TW58,TW62 |
5 | 2006年12月 | 20 | 14 | 12( 85.7) | 6( 42.9) | TW47,TW62,TW25 |
6 | 2007年1月 | 5 | 5 | 5(100.0) | 4( 80.0) | TW25 |
7 | 2007年11月 | 31 | 31 | 16( 51.6) | 18( 58.1) | TW25,UT |
*すべて施設入居者
**UT:型別不能
微生物部 食品微生物研究科 食中毒研究室