類鼻疽(Melioidosis)(第31巻、6号)
2010年6月
類鼻疽(Melioidosis)は Burkholderia pseudomallei (類鼻疽菌)の 感染によりおこる人獣共通感染症で、感染症法では全数把握対象疾患(四類)である。本症は、鼻疽菌( Burkholderia mallei )を原因とする鼻疽(Glanders)と類似する疾患のため、鼻疽・類鼻疽とひとくくりにされるが、鼻疽はウマ科動物の感染症で、病畜から人へ感染するのに対し、類鼻疽は B.pseudomallei に汚染された環境を原因として感染することが多い。
日本では、 B.pseudomallei は常在しないため、国内での感染報告はないが、海外の流行地域で感染し、帰国後発症する輸入感染症事例が複数報告されている。2010年1月に神奈川県で1名(推定感染地:ベトナム)、また、3月には都内で1名(推定感染地:タイ)の患者が発生している。
類鼻疽の流行地域は、北緯20度、南緯20度間の熱帯地域を中心に、オーストラリア北部、タイ、シンガポール、マレーシア、ビルマ、ベトナム等の東南アジアや中国南部、台湾である。B.pseudmalleiは、土壌、水などに分布する環境細菌で、人は汚染された土壌や水、粉塵等の吸引や皮膚の創傷等から感染する。感染しても多くは不顕性感染であるが、発症すると死亡率は高く、難治性、再燃性である。潜伏期は2日から数ヶ月、あるいは数年に及ぶことがあり、症状は、吸引感染では肺炎、敗血症等、創傷感染では、感染部位の化膿性炎をおこす。その病状も急性、亜急性、慢性などさまざまで、臨床上は特徴的な症状に乏しいことから、流行地への渡航歴や患者からの B.pseudomallei の分離による診断が必要である。さらに、患者側の要因として、糖尿病、高血圧、喘息、慢性閉塞性肺疾患、腎不全等の基礎疾患やアルコールの常用が危険因子としてあげられる。このため、感染しても発症せずに潜伏感染し、糖尿病や免疫不全等の発症を機に本症を発症することも知られている。また職業要因としては、汚染した土壌、水にふれる水田農作業事者があげられ、流行しやすい季節は、モンスーンシーズンである。
人以外の動物では、ラクダ、ヤギ、ヒツジ、ブタ、コアラ、カンガルー、イヌ、ネコや海洋ほ乳類に感受性があるが、感染動物から人への感染は稀である。
B.pseudomallei はグラム陰性桿菌で、血液寒天培地、チョコレート寒天培地、マッコンキー寒天培地など、通常検査室で用いる培地に発育する。37℃24時間培養では、スムーズ型のコロニーを形成するが、その後培養を続けると、ムコイド状集落となり、さらに縮んだ皺のある集落へと変わり、独特の臭気を放つようになる。 B.pseudomallei は、 B.mallei とは遺伝子学的には99.9%の相同性があるが、42℃での発育ならびに運動性等性状の違いで鑑別が可能である。
また、 B.pseudomallei の特徴として、グリコッカスでできた夾膜により、バイオフィルム(微少集合体)を形成する性質がある。バイオフィルムにより、あらゆる環境(酸性、貧栄養、乾燥、温度変化等)に抵抗性を示し、また、感染した人や動物の生体内では、貧食細胞等内で生存でき、リゾチーム等による溶菌・殺菌作用や抗菌薬に対しても抵抗する。このため、発症すると難治性、再燃性となりやすい。
本疾患の流行地では、セフタジジム、カルバペネム系(イミペネム、メロペネム)の単独投与や、ドキシサイクリン、クロラムフェニコールとスルファメトキサゾール・トリメトプリム合剤の混合投与による治療が行われている。投薬期間も、菌が検出されなくなるまで行うため、長期投与の必要がある。 B.pseudomallei は、第三世代セフェム系のセファロスポリンやペニシリン、リファマイシンなどや、アミノグリコシド系、キノロン系、マクロライド系の広範囲の薬剤に対して耐性がある上に、流行地ではセフタジジム耐性株の報告もあるため、抗菌薬治療に対し反応の悪い症例には、本症を念頭に置く必要があり、また患者への抗菌薬の処方は注意が必要である。
2010年3月に東京都内で発生した類鼻疽事例を紹介する。この患者は、2003年にタイから帰国後、敗血症と多臓器にわたる化膿性病変および感染部位(右足)の蜂窩織炎と骨髄炎を発症し、都内病院に入院した。患者の血液、尿、関節液培養により、 B.pseudomallei が分離されたため、類鼻疽と診断され、約3ヵ月間の投薬治療を受けた後、緩解し退院した。患者は基礎疾患として、糖尿病に罹患していた。
その後2010年2月に左足の骨髄炎を発症し、2003年に治療を受けた都内病院を再受診したところ、骨髄液から B.pseudomallei が分離された。このため、2003年に分離された株(No.1)および2010年に分離された株(No.2)について、当センターで薬剤感受性試験ならびにMLST(Multi Locus Sequence Typing )法による遺伝子型別を行った。薬剤感受性試験はKB法により、ペニシリン系、セフェム系、βラクタマーゼ阻害剤、アミノグリコシド系、テトラサイクリン系、マクロライド系、合成抗菌薬等、20薬剤を用いて行い、MLST法は、 B.pseudomallei MLSTデーターベースに基づき、7つの遺伝子部位について遺伝子型別を行った。その結果、薬剤感受性試験は、No.1、No.2株ともアミノグリコシド系、マクロライド系、合成抗菌薬等に耐性で結果が一致し、MLST型はどちらもST-404型と同一であった。このST-404型は稀な型であり、タイの水から分離・報告されている型である。このため、本事例は、タイで感染(2003年)発症後、抗菌薬の投与で一度寛解したが、7年後の2010年に再燃した事例と推測された。