東京都健康安全研究センター
病原体レファレンス事業に基づく協力医療機関からの病原体収集とその解析結果(平成21年度)(第31巻、7号)

病原体レファレンス事業に基づく協力医療機関からの病原体収集とその解析結果(平成21年度)(第31巻、7号) 

2010年7月 


 

 当センターでは平成20年度から新規に「病原体レファレンス事業」を開始した。この事業は、医療機関等の協力を得て、都内で発生する感染症の病原体を積極的に収集し、病原体の性状や遺伝子を比較・解析することにより、同定に必要な性状、血清型、薬剤耐性、遺伝子変異等を監視することを目的としている。この事業の一環として、感染症法では収集体制が確保されていない病原体(表1)を対象とし、平成21年4月から平成22年3月までに都立病院及び都保健医療公社病院等から送付された病原体は804株であった。各病原体の解析結果は、以下のとおりである。

1.カンピロバクター

 カンピロバクター属菌として送付された菌株は174株で、その内訳はCampylobacter jejuni 162株(93.1%)、C. coli 9株(5.2%)、C. fetus 1株(0.6%)、C. upsaliensis 1株(0.6%)およびHelicobacter cinaedi 1株(0.6%)であった。C. jejuni 2株、C. upsaliensisおよびH.cinaediは血液由来、その他の170株 (97.7%) は糞便由来であった。
 血清型別はC. jejuniを対象として、Lior法(易熱性抗原を用いた型別法)により行った。血清型は、型別不能の47株を除き24種類に型別された( 型別率 71.0% )。検出頻度の高い血清型は、LIO 4: 21株(13.0%)、LIO 7:16株(9.9%)、LIO 36:13株(8.0%)であった(表2)。

 薬剤感受性試験は、KB法で行い、供試薬剤は、ナリジクス酸(NA)、シプロフロキサシン(CPFX)、テトラサイクリン(TC)およびエリスロマイシン(EM)の4剤である。いずれかの薬剤に耐性を示したものは、C. jejuni では87株(53.7%)、C. coli では8株(88.9%)であった(表3)。近年、C. jejuni およびC. coliにおいて、ニューキノロン系薬剤に対する耐性菌の増加が懸念されている。今回検討したC. jejuni162株中56株(34.6%)、C. coli9株中8株( 88.9%)がCPFXに耐性を示したことから、ニューキノロン系薬剤耐性菌と考えられた。また、カンピロバクター腸炎治療の第一次選択剤であるEMに対する耐性菌は、C. jejuni では3株(1.9%)、C. coli3株(33.3%)であった。これら薬剤耐性菌の出現状況に大きな変化は認められなかった。

2.大腸菌

 下痢症患者由来の大腸菌は494株搬入され、それらは検査の結果、毒素原性大腸菌(ETEC)28株(5.7%)、腸管出血性大腸菌(EHEC)18株(3.6%)、組織侵入性大腸菌(EIEC)2株であった。検出されたETECの血清型は、O159が5株、O6、O25およびO169が各4株、O15が3株、O27、O84、O126、 O128が各1株、血清型別不能が4株であった(表4)。O169が検出された2名は国内事例であることが確認されたが、不明の3株を除いた23株は海外渡航歴のある患者からの分離であった。EHECの血清型は、O157(15株)、O26、O74, O91(各1株)であった。EIECの血清型はO124およびO164で、それぞれインドネシアおよび中国に渡航した患者由来株であった。

3.サルモネラ

 サルモネラは29株搬入されたが、1株は生化学的性状試験でサルモネラに該当しなかった。28株は14種類の血清型に分類され、最も多い血清型はS. Enteritidisで 7株、次いでS. Typhimurium 5株、S. Infantis 3株等であり、検出血清型に変化は認められなかった(表5)。

 サルモネラ28株について、アンピシリン(ABPC)、セフォタキシム(CTX)、ゲンタマイシン(GM)、カナマイシン(KM)、ストレプトマイシン(SM)、TC、クロラムフェニコール(CP)、ST合剤、NA、CPFX、オフロキサシン(OFLX)、ノルフロキサシン(NFLX)、ホスフォマイシン(FOM)、スルフイソキサゾール(Su)を用いた薬剤感受性試験を行った。その結果、17株は全ての薬剤に感受性、5株は単剤耐性、6株は2薬剤以上に耐性を示す多剤耐性株であった(表6)。NAに耐性を示す株が3株(10.7%)認められ、いずれもS. Enteritidisであった。血清型Choleraesuisは血液からの分離例が多いが、今回の分離株も静脈血由来でTC、SM、Suの3薬剤耐性株であった。

4.エルシニア

 エルシニアは5株搬入されたが、生化学的性状試験の結果、1株はエルシニアであることが否定された。4株はいずれもエルシニア・エンテロコリティカで、血清型はO3群2株およびO8群2株であった。O3群の2株はいずれもVP反応陰性(25℃)であったことから、生物型3と判定された。

5.レンサ球菌

 レンサ球菌は29株で、その内訳は、A群レンサ球菌が9株、B群レンサ球菌が8株、C群レンサ球菌が1株、G群レンサ球菌が10株、肺炎球菌が1株であった。
A群レンサ球菌9株のうち8株は、Streptococcus pyogenesであり、T 血清型別及び発熱性毒素産生性(RPLA法)を調べた。T型別の結果、T1型:2株、T4型:1株、T12型:2株、T13型:2株、型別不能:1株であった。発熱性毒素産生性は、B産生株:5株、B+C産生株:2株、A+B産生株:1株であった。
B群レンサ球菌の8株の血清型は、Ib型:5株、Ⅲ型:1株、Ⅴ型:2株であった。
A群レンサ球菌の1株及びG群レンサ球菌の10株はいずれもStreptococcus dysgalactiae subspecies equisimilisであり、C群レンサ球菌の1株はStreptococcus constellatus subspecies constellatus であった。
 薬剤感受性試験は、微量液体希釈法で行い、供試薬剤は、ABPC、セファレキシン(CEX)、セフジニール(CDTR)、セフジトレン(CFDN)、TC、CP、EM、クラリスロマイシン(CAM)、クリンダマイシン(CLDM)である。その結果、TC単独耐性が3株、EM・CAMの2剤耐性が2株、TC・EM・CAM・CLDMの4剤耐性株が2株認められた。4剤耐性の2株は、近年耐性化の増加が問題となっているマクロライド系薬剤のEMおよびCAMに対して、64μg/ml以上の高度耐性株であった。

6.メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)

 MRSAは47株で、コアグラーゼ型別とエンテロトシキン(SE)A〜EおよびTSST-1の毒素産生性を調べた(表7)。その結果、コアグラーゼ型はⅡ型が29株と最も多く、次いでⅦ型が6株、Ⅲ型が4株であった。毒素型はSEC+TSST-1産生株が15株、SEA単独産生株が5株、SEB単独産生株およびSEC+SED+TSST-1産生株がそれぞれ3株であり、毒素非産生株は、15株であった。コアグラーゼ型で最も多かったⅡ型株の毒素産生性は、SEC+TSST-1産生が12株で最も多かった。

7.百日咳菌

 百日咳菌は3株で、遺伝子型別であるMLST型別を行った結果、3株はすべてMLST-1型であった。

8.その他

 腸炎ビブリオが5株搬入され、血清型はO1:KUT(2株)、O8:KUT(1株)、O3:K6(1株)およびO6:K21(1株)であった。これらは、すべて耐熱性溶血毒(TDH)産生株であった。
 その他、同定検査依頼が17件あった。それらは、静脈血および髄液から分離されたStreptococcus suis 2株、羊水および創部・ドレーン排液から分離されたマイコプラズマ3株、海外渡航歴のある患者から分離されたコレラ菌(エルトール小川型)1株及び赤痢菌(S. flexneri 4a)1株などであった。

 

表1. 対象病原体(平成21年4月〜22年3月)

表1. 対象病原体(平成21年4月?22年3月)

病原体 菌株数
カンピロバクター 174
大腸菌(下痢症患者由来株)1) 494
サルモネラ 29
ビブリオ・バルニフィカス 0
エルシニア 5
リステリア 0
レンサ球菌2) 29
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌3) 47
髄膜炎菌4) 0
百日咳菌 3
その他 23
804

 1) 腸管出血性大腸菌を除く

 2) 劇症型溶血性レンサ球菌を除く

 3) 感染症由来株を除く

 4) 髄膜炎由来株を除く

表2.散発患者由来 C. jejuni の血清型 (Lior法)

血清型 菌株数 (%)
LIO 4 21 (13.0)
LIO 7 16 (9.9)
LIO 10 6 (3.7)
LI0 11 8 (4.9)
LIO 28 9 (5.6)
LIO 36 13 (8.0)
TCK 1 7 (4.3)
TCK 12 10 (6.2)
その他 25 (15.4)
UT 47 (29.0)
162 (100.0)

 

表3.散発患者由来 C. jejuni およびC. coli の薬剤耐性菌の出現頻度

  C. jejuni C. coli
供試菌株 162 9
耐性数(%) 87(53.7%) 8(88.9%)
耐性パターン:    
TC 31 0
CPFX・NA 30 1
CPFX・NA・TC 23 4
CPFX・NA・EM 2 0
CPFX・NA・TC・EM 1 3

 

表4.検出された毒素原性大腸菌ST&LT

血清群 産生毒素 検出数 渡航歴
O159  ST 4 フィリピン,トルコ,台湾,カンボジア
LT 1 インド
O6  ST&LT 3 マダガスカル,タイ,不明
ST 1 インド
O25 ST 4 バリ島(3),中国
O169 ST 4 国内(2),インド,不明
O15 ST 3 ウズベキスタン(2),パキスタン
O27 ST 1 タイ
O84 LT 1 不明
O126 ST 1 インドネシア
O128 ST 1 アフリカ中部
OUT  ST 2 カンボジア(2)
LT 2 バングラディシュ,ウズベキスタン
合計   28  

OUT:型別不明

表5.サルモネラの血清型

O群 血清型 菌株数
O4群 Typhimurium 5
Saintpaul 2
Stanley 1
O7群 Infantis 3
Thompson 1
Virchow 1
Braenderup 1
Mbandaka 1
Cholerasuis 1
O8群 Corvallis 2
Newport 1
Muenchen 1
Manhattan 1
O9群 Enteritidis 7
合計   28

 

表6.多剤耐性サルモネラの血清型と薬剤耐性パターン

No. 血清型 薬剤耐性パターン 由来 渡航歴
1 Typhimurium KM,ABPC 糞便 不明
2 Infantis TC,KM,Su 糞便 不明
3 Choleraesuis TC,SM,Su 静脈血 不明
4 Corvallis SM,Su 糞便 タイ
5 Manhattan TC,Su 糞便 不明
6 Enteritidis ABPC,NA 糞便 インドネシア
7 Enteritidis NA 糞便 インドネシア
8 Enteritidis NA 糞便 国内事例
9 Enteritidis SM 糞便 国内事例
 10 Enteritidis SM 糞便 国内事例
 11 Stanley TC 糞便 カンボジア

 

表7. MRSAのコアグラーゼ型別と毒素産生性

毒素型 コアグラーゼ型
UT
A 1     1   3   5
B   2         1 3
C   1           1
A+B           2   2
B+C   1       1   2
C+TSST-1   12 2 1       15
A+C+TSST-1   1           1
C+D+TSST-1   3           3
(-) 2 9 2   1   1 15
3 29 4 2 1 6 2 47
 

微生物部 食品微生物研究科、病原細菌研究科

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