東京都におけるインフルエンザウイルス抗体保有状況(第32巻、2号)
2011年2月
東京都における流行予測調査事業により2010年7月〜10月の間に都民から採取された血清366件のうち抗体調査が可能であった346件についてインフルエンザウイルスに対する抗体保有状況調査を行った。このうち調査票により年齢が明らかな336件については年齢群別の解析を行ったので、これらの成績について報告する。なお、これまで新型インフルエンザウイルスとして規定されていたA/California/07/2009株近縁ウイルスは、2011年4月より、「インフルエンザウイルス(H1N1)2009」略称:A(H1N1)pdm09に名称変更され、季節性インフルエンザウイルスの一つとして対応することとなったため、本稿ではA(H1N1)pdm09と表記する。
抗体の測定は、2010/2011シーズン用インフルエンザワクチン株抗原を用いたHI抗体価測定法により行い、調査票に記入されている年齢を用いて0-39歳までを5歳毎に、40-59歳を10歳毎に、60歳以上を1つの年齢階層に分類し、解析を行った。
調査の結果、A(H1N1)pdm09型ウイルス(A/California/07/2009:H1N1)抗原に対する発症防御効果の指標とされる40倍以上の抗体保有率が最も低かったのは25-29歳の年齢層で23.3%、次いで50-59歳の年齢層が27.0%であった。25歳以上の各年齢層は、23.3〜40.0%と抗体保有率が低く、2009年のパンデミック時に、これらの年齢層にまでは感染が拡大しなかったことが推察される。一方、5-24歳までの若年齢層では63.6〜78.6%が抗体を保有しており、パンデミック時は、この年齢層が流行の中心であったことが推定される。また、0-4歳の年齢層は、パンデミック前の年には、予防接種等の機会が他の年齢層に比べて少なく、常に10%以下の低い抗体保有率を示してきたが、今回の調査では35.6%の抗体保有率であった。これは、ウイルスの感染または優先的予防接種に用いた単独株ワクチンによる抗体の獲得等、通常のシーズンとは異なる抗体獲得の働きがあったものと推察された(表1、図1)。
A(H3N2)型ウイルス(A/Victoria/210/2010:H3N2)抗原に対する40倍以上の抗体保有率では、 15-19歳の年齢層は73.0%の保有率であったが、その他の年齢層では、58.8%以下と極めて低い保有率であった。これは、2009年の7月以降に都内ではA(H3N2)型の流行が、ほとんどみられていなかったことから新しいA(H3N2)型ウイルスに自然感染する機会がなかったこと、2009/2010シーズン用ワクチンにはA/Uruguay/716/2007株が含まれており、今回の測定に使用されたA/Victoria/210/2010株とは、抗原性に差があるため、交差反応性に乖離が生じていることから抗体保有率が低下しているものと推察される。2010/2011シーズンに流行しているA(H3N2)株は、現在幅広い年齢層での流行(2011年3月末)が確認されていることから、一般健康人がウイルスに感染または接触することやワクチン接種によって抗体を獲得する機会が次シーズンに向けて拡大しているものと推察される(表1、図1)。
B型ワクチン株であるビクトリア系ウイルス株(B/Brisbane/60/2008)抗原に対する40倍以上の抗体保有率は、35-39歳の年齢層では、対象者全てが抗体を保有しており、この年齢層を頂点として20-49歳の年齢層と60歳以上の年齢層で50%を越える保有率であったが、それ以外の年齢層では、26.0〜42.9%と低い保有率であった。この傾向は、B型山形系ウイルス株(B/Florida/4/2006)抗原に対する40倍以上の抗体保有率でも同様であり、35-39歳の年齢層で80.0%、15-49歳の年齢層で50.0%を超える保有率であった。また、ビクトリア系の19歳以下(保有率42.9%以下)と山形系の14歳以下(保有率47.6%以下)および両系統の50-59歳の年齢層(保有率32.4%)は共に低い抗体保有率であった。両系統の傾向に唯一差が見られた60歳以上の年齢層では、ビクトリア系統の57.1%に対し、山形系統の28.6%と保有率に2倍の差がみられたことが特徴的であった。これは、近年のB型ウイルス流行がビクトリア系統株に占められており、山形系統株のウイルス流行が東京では見られていないことが一因として考えられる(表1、図2)。
東京都におけるインフルエンザウイルス抗体保有状況について調査対象全体でみると、パンデミックウイルスとして2009年から流行が続いてきたA/California/07/2009:H1N1株抗原に対する40倍以上の抗体保有率が48.5%であり、約半数が抗体を保有している事が判明した。他の抗原に対しては、A/Victoria/210/2010:H3N2株抗原に対する39.6%、B型ビクトリア系(B/Brisbane/60/2009)株抗原の39.9%、B型山形系(B/Florida/4/2006)株抗原の39.0%とほぼ同率であり、パンデミックウイルス(A(H1N1)pdm09)の流行の大きさが際だっていたことが改めて明らかとなった。しかしながら、パンデミックウイルスワクチン接種者の増加や抗体保有者の増加に伴って同ウイルスの流行は収束しつつある。今後は季節性インフルエンザの一つとしての発生動向に注意していく必要があると思われる。
表1. 各インフルエンザウイルス抗原に対する年齢階層別抗体保有率(%)
年齢階層 | インフルエンザウイルス抗原 | |||
A(H1N1)pdm09 | A(H3N2) | B(Victoria lineage) | B(Yamagata lineage) | |
0-4 | 35.6 | 9.6 | 26.0 | 12.3 |
---|---|---|---|---|
5-9 | 66.7 | 52.4 | 31.0 | 21.4 |
10-14 | 78.6 | 50.0 | 42.9 | 47.6 |
15-19 | 73.0 | 73.0 | 32.4 | 59.5 |
20-24 | 63.6 | 45.5 | 54.5 | 68.2 |
25-29 | 23.3 | 40.0 | 50.0 | 56.7 |
30-34 | 29.4 | 58.8 | 52.9 | 52.9 |
35-39 | 40.0 | 40.0 | 100.0 | 80.0 |
40-49 | 37.5 | 29.2 | 62.5 | 50.0 |
50-59 | 27.0 | 35.1 | 32.4 | 32.4 |
60- | 28.6 | 28.6 | 57.1 | 28.6 |
計 | 48.5 | 39.6 | 39.9 | 39.0 |
図1. A型インフルエンザウイルス抗原に対する抗体保有状況
図2. B型インフルエンザウイルス抗原に対する抗体保有状況
微生物部 ウイルス研究科 エイズ・インフルエンザ研究室