東京都民のジフテリア・破傷風抗体保有状況(2010年)(第32巻、3号)
2011年3月
わが国ではジフテリア(Diphtheria)の感染予防のため単味ワクチンによる接種が1948年に開始された。その後1958年の法改正により百日咳ワクチンとの混合ワクチンとなり、さらに1968年には沈降破傷風(Tetanus)トキソイド(破傷風ワクチン)を混合したDPTワクチンが定期予防接種に用いられるようになった。1994年の予防接種法の改正により、個人毎の定期接種となり、接種開始時期をそれまでより早め、第1期として生後3〜90ヶ月(標準的には3〜12ヶ月)の間にDPT3回接種、接種後12〜18ヶ月後にDPT1回追加接種、さらに第2期として11〜12歳児を対象に百日咳を除いたDT二種混合ワクチンの接種が行なわれている。
東京都ではワクチン接種のフォローアップとして、感染症流行予測事業により都民の全年齢層を対象とした抗体保有状況調査を実施している。本報では、2010年におけるジフテリア、および破傷風抗体保有状況について報告する。
1.ジフテリア
ジフテリア症は、ジフテリア菌(Corynebacteriumdiphtheriae )の感染によっておきる呼吸器感染症で、感染症法では二類として分類されている。
表1に発症防御レベルの抗体価の保有状況を、図1に抗体価の分布を示した。ジフテリア症の発症を防御できるジフテリア毒素に対する抗体価のレベルは0.1 IU/ml以上とされているが、発症防御レベル以上の抗体保有率は全体の71%であった。図1に示すとおり、抗体は保有していたが、発症防御レベルに満たないと思われる0.01IU/mlから0.1 IU/ml未満 の例が20%であった。また成人層において抗体価は低くなる傾向がみられ、特に50歳以上の年齢層における0.1 IU/ml以上の抗体保有は11%と低く、0.01IU/ml以下の免疫の無い状況にある例は50%に達していた。 近年、国内では1999年の死亡例と1999年および2000年に疑似症例が各1例報告された以外にジフテリア症の発生例はない。
一方、英国で報告されている毒素非産性ジフテリア菌の分離例が国内でも2006年から2010年の間に5例報告された。また、最近になってジフテリア毒素産生能を獲得した近縁菌のウルセランス菌( Corynebacterium ulcerans )によるジフテリア疑似症も2001年から2009年の間に6件報告されている。ウルセランス菌はウマやウシなどの牧畜の常在菌であり、犬や猫等のペット動物等から感染する可能性がある人獣共通感染症の起因菌である。ジフテリア疑似症患者は全例が50歳以上であり、ジフテリア毒素抗体保有率が低いこととの関連性が示唆されており、今後も継続してジフテリア菌やウルセランス菌に対する注意を喚起していく必要がある。
2.破傷風
破傷風菌は五類感染症であり、創傷を経路として感染するが、ワクチン接種等により0.01IU/mlの抗体を保有していれば発症の危険はないとされている。2010年調査では全体の88%が0.01IU/ml以上の抗体を保有していた(表1)。39歳以下の年齢群ではいずれも99%以上の高い抗体保有率であったが、ジフテリア同様、年齢が上がると保有率は下がる傾向があり、40歳代で67%、さらに50歳代では27%と顕著に抗体保有率ならびに抗体価の低下が認められた。(図2)。
東京都感染症発生動向調査によると、2000年から2009年の10年間の破傷風の届出45件中40件(89%)は45歳以上であった。また本年3月11日に発生した東日本大震災に関連して届けられた破傷風罹患患者も50歳以上の例が多い。破傷風菌に顕性感染しても免疫は成立しにくいとされており、ワクチン接種以外に免疫を獲得する方法はない。現在我が国では小児期におけるDPTまたはDT予防接種以外では特別な理由がない限り、破傷風トキソイドワクチンを接種する機会はほとんどない。破傷風は成人でも発症すると重症化し、致命率は20〜50%と高いことから、特に抗体保有率の低い高年齢層ではワクチン接種を受け、積極的に抗体を獲得していくことは破傷風対策として重要である。
参考文献
◇WORLD FOCUS, №66, 2005,バイオメディカルサイエンス研究会.
◇病原微生物検出情報(国立感染症研究所)
Vol.27 P331〜333, 2006.
Vol.30 P65〜72, 2009.
Vol.32 P112〜113, 2011.
表1 抗体保有状況
(平成22年度)
年齢群 | 検査数 | 発症防御レベル抗体保有数 | |||
ジフテリア(D)毒素抗体 | 破傷風(T)毒素抗体 | ||||
0.1 IU/ml以上 | 0.01 IU/ml以上 | ||||
0 | 8 | 7 | 88% | 8 | 100% |
1〜4 | 71 | 68 | 96% | 71 | 100% |
5〜9 | 47 | 36 | 77% | 47 | 100% |
10〜19 | 86 | 68 | 79% | 85 | 99% |
20〜29 | 52 | 40 | 77% | 52 | 100% |
30〜39 | 22 | 10 | 45% | 22 | 100% |
40〜49 | 24 | 18 | 75% | 16 | 67% |
50〜 | 44 | 5 | 11% | 12 | 27% |
計 | 354 | 252 | 71% | 313 | 88% |
図1 抗ジフテリア抗体価の分布状況
図2 抗破傷風毒素抗体価の分布状況
微生物部 病原細菌研究科 STD・血清研究室