東京都健康安全研究センター
東京都民の百日咳抗体保有状況(2010年)

東京都民の百日咳抗体保有状況(2010年)(第32巻、5号)

2011年5月


 

 百日咳(Pertussis)の予防接種は単味ワクチンによる接種が1948年に始まった。1958年の法改正によりジフテリア(Diphtheria)との2種混合DPワクチンとなり、1968年には破傷風(Tetanus))を混合したDPTワクチンが用いられるようになった。1981年からは精製百日咳菌毒素を用いた改良DPT(現行)ワクチンが使用されている。さらに1994年の予防接種法の改正で、個人毎の定期接種となり、接種開始時期も早まった。具体的には第1期として生後3〜90ヶ月(標準的には3〜12ヶ月)の間に3回接種し、さらに12〜18ヶ月後に1回追加接種する。第2期接種は11歳〜12歳児を対象にDTで行われ、現行では百日咳ワクチンは含まれていない。

 東京都ではワクチン接種のフォローアップとして、感染症流行予測事業により全年代を対象とした抗体保有状況調査を実施している。 本報では2010年における百日咳抗体保有状況について報告する。

 百日咳ワクチンは菌体膜に由来する毒素蛋白である百日咳菌毒素(PT)と繊維状赤血球凝集素(FHA)が主に用いられている。PTは百日咳菌特有の毒素であるが、FHAはパラ百日咳菌にも存在する。そのほか菌凝集原などを含むワクチンもある。現在、抗PT抗体価および抗FHA抗体価の発症防御レベルについて正確な値は示されていないが、百日咳罹患児の回復期血清の抗体価下限値から10単位程度が目安とされている。

 表1に発症防御抗体保有率を示したが、全年代で抗PT抗体は56%、抗FHA抗体では78%が保有していた。ただ、これら毒素に対する抗体はワクチン接種により獲得したものか、感染によるものかの区別はつかない。抗PT抗体価の分布を図1、抗FHA抗体価の分布を図2に示した。全年代にわたってワクチン接種歴や罹患歴の有無に関わらず特徴が認められないことは、ワクチン接種が制度化される前の年代で抗体を保有していない例が目立つジフテリアや破傷風とは異なっている(東京都微生物検査情報 Vol.32 №3 2011)。

 表2に百日咳菌凝集抗体の保有状況を示した。百日咳菌凝集抗体も凝集原を含むワクチン接種で獲得されるため、毒素抗体と同様ワクチン接種によるものか、感染によるものかの区別はつかない。しかし、多くは乳幼児期にワクチン接種スケジュールが終了するため、10歳以上の年代で40倍以上の抗体価を示す場合には近い過去に百日咳菌に感染した可能性を示唆するとされる。今回10歳以上において、菌凝集抗体40倍以上を保有していた例は山口株で28%、東浜株で36%あり、320倍の高い値を示した例は山口株では2%、東浜株では12%であった。

 近年、東京都感染症発生動向調査において、年長児や成人の百日咳診断の届出が増加している。図3に示すように2007年からその届出数は20歳以上の成人層を中心に急増し、大学等での集団発生事例も報告されている。2010年は20歳以上の届出がさらに増加し、加えて5歳から19歳の年齢層でも増加した。2011年は32週までの集計で290件の届出があったが、依然として成人が約半数を占める一方、1歳以下が63件と2000年以降で最多となったことは特記すべきでことである。

 感染症発生動向調査では百日咳は小児科定点からの届け出疾患であるため、成人の実態が反映されているとはいいがたい。百日咳を発症した場合、ワクチン接種者や、未接種者でも成人や年長児の場合には比較的軽い症状で済むことも多く、また症状が非定型であることが多いため、百日咳と診断されないこともある。軽症や非定型症状の場合でも、菌は排出されることから、ワクチン未接種者に対する重大な感染源となり、ワクチン接種スケジュール前や途中の感染防御レベルの抗体を持たない乳児が罹患すると重症化しやすいことが懸念されている。

 現在DPTは生後3ヶ月からワクチンスケジュールが開始されているが、乳児期の確実なワクチン接種は発症防御レベルの抗体獲得のためには非常に重要である。一方で、獲得した抗体もそれぞれ10年ほどで発症防御レベルを下回るといわれており、11歳から12歳で受けるDTの2期接種に百日咳ワクチンを導入する必要性が検討されている。さらに感染リスク層、低抗体価層を中心に追加免疫を行い全年代の発症防御レベル抗体保有率を上げて、乳幼児とりわけ1歳未満の乳児の感染罹患を防御する必要がある。

 参考文献
 ◇病原微生物検出情報(国立感染症研究所)
  Vol.26 P61-70, 2005.
  Vol.29 P65-75, 2008.

表1 百日咳に対する発症防御レベル抗体の保有状況 (平成22年度)

年齢群 検査数 発症防御レベル抗体(10単位)保有数
百日咳菌毒素(PT)抗体 繊維状赤血球凝集素(FHA)抗体
0 8 7 88% 7 88%
1〜4 71 55 77% 65 92%
5〜9 47 22 47% 31 66%
10〜19 86 42 49% 75 87%
20〜29 52 30 58% 43 83%
30〜39 22 13 59% 16 73%
40〜49 24 12 50% 10 42%
50〜 44 18 41% 29 66%
354 199 56% 276 78%

 

表2 百日咳菌凝集抗体保有状況(平成22年度)

年齢群 検査数 百日咳菌凝集抗体価の分布
山 口 株 東 浜 株
40~160倍 320倍以上 40~160倍 320倍以上
0 8 1 13% 6 5% 0 0%     2 25% 17 13% 0 0% 3 4%
1~4 71 2 3% 0 0% 9 13% 3 4%
5~9 47 3 6% 0 0% 6 13% 0 0%
10~19 86 12 14% 63 28% 1 1% 5 2% 19 22% 82 36% 2 2% 28 12%
20~29 52 20 38% 2 4% 26 50% 3 6%
30~39 22 10 45% 1 5% 11 50% 3 14%
40~49 24 8 33% 0 0% 9 38% 11 46%
50~ 44 13 30% 1 2% 17 39% 9 20%
354 69 19%     5 1%     99 28%     31 9%    

 

図1 抗百日咳毒素(PT)抗体価の分布


図2 抗繊維状赤血球凝集素(FHA)抗体価の分布


図3 百日咳の届出数推移(感染症発生動向調査)

微生物部 病原細菌研究科 STD・血清研究室 

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