(第32巻、10号) 2011年10月
病原体レファレンス事業は、医療機関等の協力を得て、都内で発生する感染症の病原体を積極的に収集し、病原体の性状や遺伝子を比較・解析することにより、同定に必要な性状、血清型、薬剤耐性、遺伝子変異等を監視することを目的としている。この事業の一環として、主として感染症法では収集体制が確保されていない病原体を対象とし、平成22年4月から平成23年3月までに都立病院及び都保健医療公社病院から送付された病原体は664株であった(表1)。各病原体の解析結果は、以下のとおりである。
1.カンピロバクター
カンピロバクター属菌として送付された菌株は146株で、その内訳はCampylobacter jejuni 133株(91.1%)、C. coli 7株(4.8 %)、C. fetus 5株(3.4%)およびHelicobacter cinaedi 1株(0.7 %)であった。C. jejuni 2株、C. fetus 3株およびH.cinaedi 1株は血液由来、C. fetus 1株は皮下膿瘍由来、その他139株 (95.2%) は糞便由来であった。
血清型別はC. jejuniを対象として、Lior法(易熱性抗原を用いた型別法)により行った。血清型は、型別不能の40株を除き22種類に型別された( 型別率 69.9% )。検出頻度の高い血清型は、LIO 4: 27株(20.3 %)、LIO 28:11株(8.3 %)、LIO 36:10株(7.5 %)であった(表2)。
C.jejuni 133株 および C. coli 7株について薬剤感受性試験を実施した。供試薬剤は、ナリジクス酸(NA)、シプロフロキサシン(CPFX)、テトラサイクリン(TC)およびエリスロマイシン(EM)の4剤である。いずれかの薬剤に耐性を示したものは、C. jejuniでは85株(63.9%)、C. coliでは5株(71.4%)であった(表3)。今回検討したC. jejuni 133株中65株(48.9 %)、C. coli 7株中4株( 57.1 %)がCPFXに耐性を示し、依然としてニューキノロン剤に対する耐性菌の分離が高率に推移していることが確認された。また、カンピロバクター腸炎治療の第一次選択剤であるEMに対する耐性菌は、C. jejuniでは4株(3.0 %)、C. coli 2株(28.6 %)であり、耐性菌の出現状況に大きな変化は認められなかった。
2.大腸菌
下痢症患者由来の大腸菌は420株搬入された。検査の結果,毒素原性大腸菌(ETEC)は31株(7.4%),組織侵入性大腸菌(EIEC)は2株(0.5%)であった。検出されたETECの血清群はO6が9株,O25が7株,O27およびO169が各3株,O126およびO159が各2株,O167は1株,血清型別不能が4株であった(表4)。ETECが検出された患者のうち1名は国内事例であったが,その他は全て海外渡航歴が認められた。EIECの血清群はO144およびO164であった。共に海外渡航歴は不明であった。
3.サルモネラ
サルモネラは19株搬入され,12種類の血清型に分類された。最も多い血清型はO9群Enteritidisで4株,次いでO4群TyphimuriumおよびO7群Infantisが3株であった(表5)。チフス菌およびパラチフスA菌が各1株搬入された。これらは海外渡航歴がある患者からの分離であった。
サルモネラ18株についてアンピシリン(ABPC)、セフォタキシム(CTX)、ゲンタマイシン(GM)、カナマイシン(KM)、ストレプトマイシン(SM)、TC、クロラムフェニコール(CP)、ST合剤、NA、CPFX、オフロキサシン(OFLX)、ノルフロキサシン(NFLX)、ホスフォマイシン(FOM)、スルフイソキサゾール(Su)を用いた薬剤感受性試験を実施した。その結果,薬剤耐性を示した株は8株(44.4%)であった。これらの中には8薬剤に耐性を示す多剤耐性株(海外渡航歴あり)も認められた(表6)。
4.エルシニア
Yersinia enterocoliticaは1株搬入された。血清型O3群,生物型3であった。渡航歴は無く,国内での感染が疑われた。
5.リステリア
リステリア2株はいずれもListeria monocytogenesで血清型1/2bであった。
6.レンサ球菌
レンサ球菌は14株で、その内訳は、A群レンサ球菌:10株、B群レンサ球菌:1株、G群レンサ球菌:3株であった。
A群レンサ球菌10株は、すべてStreptococcus pyogenesであり、T 血清型別及び発熱性毒素産生性(RPLA法)を調べた結果、T型別では、T1型:6株、T12型:1株、T13型:1株、T28型:2株であった。発熱性毒素産生性は、B産生:1株、A+B産生:5株、B+C産生:4株であった。
B群レンサ球菌の1株の血清型は、Ib型であった。
また、A群レンサ球菌10株の薬剤感受性試験は、微量液体希釈法で行い、供試薬剤は、ABPC、セファレキシン(CEX)、セフジニール(CDTR)、セフジトレン(CFDN)、TC、CP、EM、クラリスロマイシン(CAM)、クリンダマイシン(CLDM)である。薬剤毎の耐性株は、TC耐性:2株、EM耐性:7株、CAM耐性:7株、CLDM耐性:4株であった。EM・CAM・CLDMの3薬剤に耐性を示した株が4株あり、内3株は高度耐性株であった。
7.メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)
MRSAは28株で、コアグラーゼ型別と毒素産生性を調べた(表7)。その結果、コアグラーゼ型はⅡ型が15株と最も多く、次いでⅢ型が5株、Ⅰ型が4株などであった。毒素型はSEC+TSST-1産生株が5株、SEB単独産生株が4株などであり、毒素非産生株は、13株であった。
8.髄膜炎菌・百日咳菌
髄膜炎菌1株及び百日咳菌4株を収集した。
9.その他
腸炎ビブリオが4株搬入された。血清型はO3:K6が2株,O4:K8およびO1:KUTが各1株であった。
赤痢菌は4株搬入された。4株中1株は市販血清に凝集しない菌であり,精査した結果、S. dysenteriae の新しい血清型である204-96(仮称)であることが確認された。
同定困難として搬入された菌株のうち、卵膜・新生児の便および腹水から分離された2株は、マイコプラズマであった。
表1.対象病原体(平成22年4月〜23年3月)
病原体 | 菌株数 | |
カンピロバクター | 146 | |
大腸菌(下痢症患者由来株)1) | 420 | |
サルモネラ | 19 | |
ビブリオ・バルニフィカス | 0 | |
エルシニア | 1 | |
リステリア | 2 | |
レンサ球菌2) | 14 | |
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌3) | 28 | |
髄膜炎菌4) | 1 | |
百日咳菌 | 4 | |
その他 | 29 | |
計 | 664 | |
1) 腸管出血性大腸菌を除く 2) 劇症型溶血性レンサ球菌を除く 3) 感染症由来株を除く 4) 髄膜炎由来株を除く |
血清型 | 菌株数 | (%) | ||||
LIO 4 | 27 | (20.3) | ||||
LIO 28 | 11 | (8.3) | ||||
LIO 36 | 10 | (7.5) | ||||
LI0 1 | 9 | (6.8) | ||||
LIO 7 | 8 | (6.0) | ||||
LIO 11 | 5 | (3.8) | ||||
LIO 10 | 3 | (2.3) | ||||
TCK 12 | 3 | (2.3) | ||||
その他 | 17 | (12.8) | ||||
UT | 40 | (30.1) | ||||
計 | 133 | (100.0) |
表3.散発患者由来 C. jejuni およびC. coli の薬剤耐性菌の出現頻度
C. jejuni | C. coli | ||
供試菌株 | 133 | 7 | |
耐性数(%) | 85(63.9%) | 5(71.4%) | |
耐性パターン: | |||
TC | 20 | 0 | |
CPFX・NA | 40 | 1 | |
TC・EM | 0 | 1 | |
CPFX・NA・TC | 21 | 2 | |
CPFX・NA・EM | 2 | 1 | |
CPFX・NA・TC・EM | 2 | 0 |
表4.検出された毒素原性大腸菌
血清群 | 産生毒素 | 検出数 | 渡航歴 |
O6 | ST | 3 | ベトナム(2),インド |
LT&ST | 6 | カンボジア(3),モロッコ,フィリピン,ベトナム | |
O25 | ST | 5 | ベトナム(4),アフリカ |
LT&ST | 1 | 中国 | |
LT | 1 | エジプト | |
O27 | ST | 3 | インド,国内,不明 |
O126 | ST | 2 | インドネシア |
O159 | ST | 2 | トルコ,中国 |
O167 | ST | 1 | インド |
O169 | ST | 3 | インド,インドネシア,カンボジア |
OUT | ST | 1 | マレーシア |
LT | 1 | インドネシア | |
LT&ST | 2 | インド,タイ | |
合計 | 31 |
OUT:型別不明
表5.サルモネラの血清型
O群 | 血清型 | 菌株数 |
O2群 | Paratyphi A | 1 |
O4群 | Typhimurium | 3 |
Saintpaul | 1 | |
O7群 | Infantis | 3 |
Montevideo | 1 | |
Thompson | 1 | |
Rissen | 1 | |
Virchow | 1 | |
O9群 | Enteritidis | 4 |
Typhi | 1 | |
OUT | r:1,5 | 1 |
eh:1,6 | 1 | |
合計 | 19 |
表6.多剤耐性サルモネラの血清型と薬剤耐性パターン
No. | 血清型 | 薬剤耐性パターン | 由来 | 渡航歴 |
1 | Typhimurium | CP,TC,SM,KM,GM,ABPC,ST,Su | 便 | マレーシア |
2 | Typhi | CP,TC,SM,ABPC,ST,NA | 便 | バングラディシュ,セネガル |
3 | Infantis | TC,SM,KM,ST,Su | 便 | なし |
4 | Enteritidis | CP,ABPC,SM,NA,Su | 便 | なし |
5 | Infantis | TC,SM,KM,Su | 血液 | 不明 |
6 | Typhimurium | TC,ST,NA,Su | 便 | なし |
7 | OUT:r:1,5 | TC,KM,Su | 便 | なし |
8 | Enteritidis | SM | 便 | なし |
表7. MRSAのコアグラーゼ型別と毒素産生性
毒素型 | コアグラーゼ型 | 計 | ||||||
Ⅰ | Ⅱ | Ⅲ | Ⅳ | Ⅴ | Ⅶ | UT | ||
A | 0 | |||||||
B | 2 | 2 | 4 | |||||
D | 1 | 1 | ||||||
TSST-1 | 1 | 1 | ||||||
A+B | 1 | 1 | ||||||
C+TSST-1 | 5 | 5 | ||||||
A+C+TSST-1 | 1 | 1 | ||||||
B+C+TSST-1 | 1 | 1 | ||||||
C+D+TSST-1 | 1 | 1 | ||||||
(-) | 4 | 6 | 2 | 1 | 13 | |||
計 | 4 | 15 | 5 | 0 | 0 | 3 | 1 | 28 |
微生物部 食品微生物研究科、病原細菌研究科