東京都健康安全研究センター
大規模危機管理事例発生前後におけるヒト免疫不全ウイルス(HIV)検査数の推移(第32巻、12号)

 ヒト免疫不全ウイルス(HIV)はレトロウイルス科レンチウイルス属に属するRNAウイルスであり、後天性免疫不全症候群(AIDS)の病原体として知られている。AIDSは、発見当初には死に至る病気とされていたが、多くの抗HIV薬の開発や多剤併用療法(HAART:Highly Active anti-retroviral Therapy)に代表される治療法の進歩により、完治には至らないものの、長期的なコントロールも可能な疾患となってきている。しかしながら、現在までのところ、感染者の体内からHIVを除去することは困難であり、感染しないことが最も重要である。そのためには、常日頃からHIV検査を受診しやすい体制をつくることが必要であり、東京都を始めとし、各自治体ではHIV検査事業を行っている。

 厚生労働省エイズ動向委員会の報告によると、2011年の日本におけるHIV感染者報告数は1,019件、AIDS患者報告数は467件(速報値)と、依然として多い傾向にある。なお、HIV感染者とはHIVに感染しているがAIDSを発症していない人を示し、免疫を担当する細胞の一つであるCD4細胞の減少により免疫力が低下し、AIDSを発症した場合にはAIDS患者として報告される。

 東京都におけるHIV感染者およびAIDS患者数は、2008年をピークに減少傾向がみられており、2011年のHIV感染者数は325件、AIDS患者数は84件で、ともに2010年よりも著しく減少し、約20%減となった。

 一方、2009年に新型インフルエンザ、2011年には東日本大震災が起こり、都民をも巻き込んだ大規模な危機管理事例が発生したことによるHIV検査数の減少が指摘されている。また、これらの要因を含めたHIV検査数の減少がHIV感染者数およびAIDS患者数にどのような影響を与えるかは不明である。そこで、東京都健康安全研究センターで検査を実施した南新宿検査・相談室ならびに保健所のHIV検査数の増減を比較検討した。

 2007年から2011年に都内の公的検査機関をHIV検査目的で受診し、当センターでHIV検査を行った検体について検査数の推移をみると、2007年は15,260件であったが、2008年以降減少がみられ、2010年には12,604件(2007年比17.4%減)、2011年はわずかながら増加し、12,960件となった。

 四半期ごとに分けてみると(図1)、2007年および2008年は、ほぼ横ばいで推移していたが、2009年第Ⅱ四半期(2009年4月~6月)以降大きく減少がみられた。これは、2009年第Ⅱ四半期に、新型インフルエンザ(インフルエンザ(HI1N1)2009)が発生し、都内で流行し始めた時期であり、新型インフルエンザの流行がHIV検査数にも影響を与えていたと考えられる。その後も減少が続いたが、2010年第Ⅰ四半期(2010年1月~3月)を境に増加に転じていた。

 さらに、2011年第Ⅰ四半期(2011年1月~3月)に大きく減少し、その後、約1年をかけて2010年第Ⅳ四半期レベルまで回復した。2011年第Ⅰ四半期中の3月には、東日本大震災が発生しており、震災が検査数にも大きな影響を与えたと考えられる。

 検査数を年齢階層別に解析すると、20歳代が43.1%と最も多く、30歳代35.8%、40歳代12.4%を占め、20歳代および30歳代で全体の78.9%を占めていることが判る(図2)。
 さらに、20歳代および30歳代男女の検査数に注目してみると、どの年も30歳代男性が最も多く、ついで20歳代男性、20歳代女性で、30歳代女性は20歳代女性の約半分の検査数であった(図3)。検査数の推移をみると、2009年第Ⅱ四半期(2009年4月~6月)以降、検査数の減少がみられたが、2011年第Ⅳ四半期には、新型インフルエンザ並びに震災の影響からほぼ脱却しつつあると考えられる。

 以上の結果から、HIV検査数は、感染症の大流行や大災害などにより、大きな影響を受けることから、平常時の広報ばかりでなく、健康危機の状況下におけるHIV検査相談事業のあり方等、より効果的な検査相談事業を模索していく必要もあると考える。また、2011年の東京都のHIV感染者数の減少には、検査数の減少も大きく影響していると考えられることから、今後も注意深くみていく必要がある。

 

図1. HIV検査数の推移(健康安全研究センター実施分)

 

図2. HIV検査受検者の年齢階層

 

図3. HIV検査数の推移(20歳代および30歳代:男女別)

微生物部ウイルス研究科

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