アニサキス症は,アニサキス科アニサキス属線虫または同科シュードテラノバ属線虫の各第3期幼虫が寄生した魚介類を生食することにより胃腸炎を呈する寄生虫症である.1999年の食品衛生法施行規則の一部改正により,アニサキスは食中毒病因物質として報告されるようになった.東京都におけるアニサキスによる食中毒件数は,2010年には6件とサルモネラに次いで4番目に多く,2011年には10件報告されており,それらの原因食品は2年間で16件中10件(62.5 %)においてサバと推定されている.
アニサキス属線虫の第3期幼虫は,サバ以外にもサケやニシンなど多くの魚介類に寄生しており,形態学的にはBerland(1961)によるⅠ型およびⅡ型幼虫の2種類に分類されることが多い.また,Shiraki(1974)はⅢ型およびⅣ型幼虫を加えた4種類に分類できることを報告しているが,分類法そのものがあまり普及してこなかった.一方,アニサキス属線虫は成虫の形態とリボゾームDNAやミトコンドリアDNAなどの遺伝子解析により9種類の種に分類されている.Berlandによる形態学的な分類で,Ⅰ型幼虫にはAnisakis simplex sensu stricto,A. pegreffii, A. simplex C (A. simplexの3種の同胞種),A. typica,A. ziphidarumおよびA. nascettiiが含まれ,Ⅱ型幼虫には A. physeteris,A. brevispiculataおよびA. paggiaeが含まれることが判明している.
これまで当センターではアニサキスによる食中毒防止を目的に様々な魚種におけるアニサキスの寄生状況を調査してきた(東京都微生物検査情報2003,2008).その中で,日本近海産のキンメダイから検出されたアニサキス属第3期幼虫にⅠ型およびⅡ型幼虫の他に,前述のShirakiが報告しているⅢ型およびⅣ型幼虫が認められた.そこで,Shirakiの分類に基づいたⅢ型およびⅣ型幼虫も含めたアニサキス属第3期幼虫の形態学的な分類と遺伝子解析による種の同定について紹介する.
アニサキス属第3期幼虫の形態学的な特徴を図に,詳細な計測値を表に示した.Ⅰ型幼虫は, 胃長が1.05-1.30 mm(体長/胃長=26.4)と長く,胃と腸は斜めに接続していて,尾長は0.08-0.13 mm(体長/尾長=319.0)と短く鈍円で,尾突起が認められる.Ⅱ型幼虫は胃長が0.50-0.72 mm(体長/胃長=49.7)と短く,胃と腸の接続部は水平で,尾長は0.16-0.38 mm(体長/尾長=115.0)と長く次第に先細りし,尾突起は認められない.Ⅲ型幼虫は体幅が0.75-0.95 mmと他の幼虫と比べて幅広で,胃長は0.45-0.56 mm(体長/胃長=63.7)と短く,胃と腸の接続部は水平で,尾長は0.11-0.15 mm(体長/尾長=261.2)と短く鈍円である.Ⅳ型幼虫はⅡ型幼虫と形態が似ているが,相対的に小さく,特に胃長(0.22-0.40 mm,体長/胃長=59.7)と尾長(0.07-0.17 mm,体長/尾長=170.9)が短く,胃と腸は水平に接続し,尾部はとがった形状を示し,尾突起は認められない.また,4種類すべての頭部には穿歯が存在し,Ⅰ型幼虫の穿歯は小さく,体軸に対して傾いているが,Ⅱ型,Ⅲ型およびⅣ型幼虫の穿歯はⅠ型幼虫と比べて大きく,体軸に対しての傾きはわずかに傾いているか平行である.
アニサキスⅠ型幼虫に分類される前述の6種類のアニサキス属第3期幼虫は,形態学的に酷似し,キンメダイの調査においても,3種類(A. simplex sensu stricto,A. simplex CおよびA. ziphidarum)が含まれていたが,形態の違いは認められていない.一方,Shirakiの分類によるⅡ型,Ⅲ型およびⅣ型幼虫は,遺伝子解析により,Ⅱ型幼虫はA. physeteris,Ⅲ型幼虫はA. brevispiculata,Ⅳ型幼虫はA. paggiaeと同定された.これまでA. brevispiculataおよびA. paggiaeの第3期幼虫は,Ⅱ型幼虫の形態を示すと報告されてきたが,その背景には,第3期幼虫の形態学的な分類が主に胃の長さと尾突起の有無による特徴から行われてきたことと,魚介類に寄生するⅢ型およびⅣ型幼虫が少数で十分な調査が行なわれてこなかったことが原因として考えられる.以上のように,Ⅰ型幼虫の形態を示す6種類のアニサキスとは異なり,A. physeteris,A. brevispiculataおよびA. paggiaeの第3期幼虫は,形態学的に種の同定が可能である.
近年,アニサキスによる食中毒事例や有症苦情事例は増加傾向にある.また,これまでの疫学調査により,アニサキス属第3期幼虫によるアニサキス症においてはA. simplex sensu strictoが主な原因と考えられている.魚介類の生食によるアニサキス症のリスクを把握するためには,形態学的分類および遺伝子解析を用いた種別同定により,魚介類におけるアニサキス属第3期幼虫の詳細な寄生状況を調査することが重要と考えられる.
Ⅰ型 | Ⅱ型 | Ⅲ型 | Ⅳ型 | ||
体長 (mm) | 平均 | 31.19 | 29.14 | 32.17 | 18.22 |
最小値-最大値 | 26.50-36.50 | 22.00-34.50 | 27.00-35.00 | 14.00-23.00 | |
体幅 (mm) | 平均 | 0.46 | 0.65 | 0.86 | 0.50 |
最小値-最大値 | 0.42-0.54 | 0.51-0.75 | 0.75-0.95 | 0.40-0.60 | |
食道長 (mm) | 平均 | 2.32 | 2.11 | 1.96 | 1.46 |
最小値-最大値 | 2.15-2.70 | 1.70-2.40 | 1.70-2.35 | 1.25-1.85 | |
胃長 (mm) | 平均 | 1.18 | 0.59 | 0.51 | 0.31 |
最小値-最大値 | 1.05-1.30 | 0.50-0.72 | 0.45-0.56 | 0.22-0.40 | |
尾長 (mm) | 平均 | 0.10 | 0.26 | 0.12 | 0.11 |
最小値-最大値 | 0.08-0.13 | 0.16-0.38 | 0.11-0.15 | 0.07-0.17 | |
体長 / 体幅 | 平均 | 67.6 | 45.2 | 38.0 | 36.6 |
最小値-最大値 | 63.0-72.1 | 37.7-50.8 | 28.4-46.7 | 30.0-46.0 | |
体長 / 食道長 | 平均 | 13.5 | 13.9 | 16.8 | 12.6 |
最小値-最大値 | 11.2-15.9 | 11.1-17.4 | 11.5-20.6 | 10.3-15.0 | |
体長 / 胃長 | 平均 | 26.4 | 49.7 | 63.7 | 59.7 |
最小値-最大値 | 23.0-29.5 | 39.0-62.0 | 49.1-77.8 | 46.8-81.8 | |
体長 / 尾長 | 平均 | 319.0 | 115.0 | 261.2 | 170.9 |
最小値-最大値 | 241.7-388.2 | 84.0-171.0 | 206.7-291.7 | 124.1-242.9 | |
穿歯 | 大きさ | 小さい | 大きい | ||
体軸に対しての傾き | 傾いている | わずかに傾いているか平行 | |||
尾突起 | あり | なし | なし* | なし |
* : ボタンのような突起が認められる場合がある
頭部 | ||||
胃部 | ||||
尾部 | ||||
Ⅰ型 | Ⅱ型 | Ⅲ型 | Ⅳ型 |
図 アニサキス属第3期幼虫におけるⅠ型からⅣ型幼虫の形態
bt: 穿歯(boring tooth), m: 尾突起(mucron), スケール: 100 μm