東京都で行った流行予測調査事業により2011年7月~10月の間に都民から採取された血清374件を対象として、インフルエンザウイルスに対する抗体保有状況調査を行った。抗体検査結果は、調査票に記載された年齢に従って年齢群に分類し、各ウイルス抗原別および年齢群別の解析を行ったので、これらの成績について報告する。
抗体の測定は、2010/2011シーズン用インフルエンザワクチン株抗原を用いたHI(赤血球凝集抑制)抗体価測定法により行い、0-39歳までを5歳毎に、40-59歳を10歳毎に、60歳以上を1つの年齢群として計11群について発症防御効果の指標とされる40倍以上のHI抗体保有率を用いて解析を行った。
調査の結果、2009年に発生した新型インフルエンザウイルス(現在は季節性インフルエンザウイルスの一つ)であるA(H1N1)pdm09型ウイルス株(A/California/07/2009:H1N1)抗原に対するHI抗体保有率(40倍以上)が最も低かったのは60歳以上の年齢群で5.9%、次いで50-59歳の年齢群が10.3%と低率であった。25歳以上の各年齢群でも25.0~39.1%と抗体保有率が低く、これらの年齢群では感染が拡大しなかったことが推察される。一方、5-24歳までの若年齢群では60.0~80.0%が抗体を保有しており、この年齢層が流行の中心であったことが推定される。また、0-4歳の年齢群は、予防接種等の機会が他の年齢層に比べて少ないにも関わらず、保有率が29.7%であることから、ウイルスの感染および暴露または予防接種による抗体の獲得等が通常よりも高い確率で発生していたものと推察された(表1、図1)。
A香港型ウイルス株(A/Victoria/210/2010:H3N2)抗原に対する抗体保有率(40倍以上)は、全体的に低く、15-24歳の年齢群の保有率50.0%を最高に、その他の年齢群は47.5%以下であった。これは、都内におけるA(H3N2)型の流行が直近の2シーズン(2009/2010/2011年シーズン)では小さかったことから、自然感染等による抗体獲得の機会がなかったことが要因の一つとしてあげられる。また、直近の2シーズンにワクチン株であるA/Victoria/210/2010株と交差反応性の低下した株が次々に流行したことで、ワクチン株に対するHI抗体価は減少する傾向にあり、ワクチン株に対しては高い抗体価を得にくい状況にあったと推察された。実際、10倍以上の抗体保有率は全体で79.9%が確認されていることから、感染またはワクチン接種による抗体獲得は、低力価に留まっている例の多いことが推察された。(表1、図1)。
B型ワクチン株であるビクトリア系ウイルス株(B/Brisbane/60/2008)抗原に対する抗体保有率(40倍以上)は、40-49歳の年齢群が69.6%で最も高く、次いで25-29歳群の67.9%、35-39歳群の57.1%で、これら3群のみが半数を超えていた。それ以外の年齢群は47.5%以下の保有率、特に0-4歳群では6.6%の低率であり、多くの年齢群で発症防御効果を得ることが困難な状況となっていた。また、B型参照株である山形系ウイルス株(B/Wisconsin/01/2010)抗原に対する抗体保有率(40倍以上)は、25-29歳群の85.7%を最高に、15-24歳で55.0~65.0%、40-59歳で51.7~52.2%、30-34歳群で50.0%であった。他の年齢群は13.2~42.9%と低率な年齢群も見られたが、ビクトリア系ワクチン株抗原に対する抗体保有率(35.6%)に比べて全体で5.3%高くなり、近年、発生の見られなかった山形系株に対する抗体保有率(40.9%)がワクチン株よりも高かったことが判明した。これは、2003/2004年、2007/2008年シーズンに都内で流行した山形系統株による暴露または感染による抗体産生あるいは、2004/2005年、2008/2009年シーズンに採用された山形系ワクチン株による抗体誘導が一因として考えられる(表1、図2)。
これらの結果から、都内では2011/2012年シーズンには抗体保有率の低かったA(H3N2)型、B型ウイルスの流行が懸念されていた。実際に2012年5月までの都内におけるウイルス検出状況に照らし合わせてみるとA(H3N2)型、2系統(ビクトリア系、山形系)のB型ウイルスの3種類のウイルスが同時流行しており、一般健康人が保有する抗体価の調査によって流行しやすいウイルスの要件の一つを推察できることが確認された。インフルエンザウイルス抗体保有状況について調査対象全体でみると、A(H1N1)型(A/California/07/2009)株抗原に対する40倍以上の抗体保有率が44.1%、A(H3N2)型(A/Victoria/210/2010)株抗原に対しては41.4%、B型ビクトリア系(B/Brisbane/60/2009)株抗原の35.6%、B型山形系(B/Wisconsin/01/2010)株抗原の40.9%とほぼ同率であり、今後、季節性インフルエンザ感染拡大防止対策の一つとしてのワクチン接種による抗体価の獲得を推し進めると共に、各インフルエンザウイルスの発生動向に注意していく必要がある。
2011年の東京都のHIV感染者数の減少には、検査数の減少も大きく影響していると考えられることから、今後も注意深くみていく必要がある。
インフルエンザウイルス抗原 | ||||
年齢階層 (歳) |
A/California/07/2009 (H1N1) |
A/Victoria/210/2009 (H3N2) |
B/Brisbane/60/2008 (Victoria lineage) |
B/Wisconsin/01/2010 (Yamagata lineage) |
0-4 | 29.7 | 40.7 | 6.6 | 13.2 |
5-9 | 61.7 | 46.7 | 28.3 | 30.0 |
10-14 | 72.5 | 47.5 | 37.5 | 42.5 |
15-19 | 80.0 | 50.0 | 47.5 | 65.0 |
20-24 | 60.0 | 50.0 | 45.0 | 55.0 |
25-29 | 28.6 | 46.4 | 67.9 | 85.7 |
30-34 | 25.0 | 25.0 | 41.7 | 50.0 |
35-39 | 28.6 | 42.9 | 57.1 | 42.9 |
40-49 | 39.1 | 34.8 | 69.6 | 52.2 |
50-59 | 10.3 | 27.6 | 41.4 | 51.7 |
60- | 5.9 | 17.6 | 41.2 | 35.3 |
計 | 44.1 | 41.4 | 35.6 | 40.9 |
微生物部ウイルス研究科