結核は、再興感染症として重要な疾患の一つである。かつて「国民病」、「不治の病」と恐れられた結核は、医療技術の進歩、栄養事情の向上、国をあげての結核対策により、着実に減少したため、現在では「過去の病気」と考える人も多い。また、ストレプトマイシン(SM)をはじめとする有効な抗結核薬の開発により化学療法は各段に進歩し、治療しうる疾病となっている。
東京都における結核患者数の減少傾向は近年鈍化してきており、学校や職場での集団感染も依然として発生している。また、不適切な処方、不規則な薬剤の服用、治療脱落などによって生じる耐性菌の存在も認められる。耐性菌は時に治療を困難にし、集団感染を起こした時には社会的に大きな脅威となりうる。
東京都では平成18年より薬剤耐性結核菌の遺伝子型別、蔓延状況の調査、感染拡大阻止対策を目的とし、薬剤耐性結核菌監視事業を開始した。平成22年4月から24年3月までの2年間に,本事業に基づき、東京都健康安全研究センターに搬入された耐性結核菌は53株あり、それらを対象に、薬剤感受性試験ならびに遺伝子型別検査を実施した。
薬剤感受性試験の結果、53株中SM単独耐性は13株、イソニアジド(INH)単独耐性7株、RFP(リファンピシン)単独耐性1株、SMとINHの両剤耐性14株であった。また、INHおよびRFP両耐性菌は「多剤耐性結核菌」として扱われるが、18株が該当した。多剤耐性結核菌のうち、1株はINH、RFPの2薬剤に耐性、6株はINH、RFP 、SMの3薬剤に耐性、1株はINH、RFP 、エタンブトール(EB)の3薬剤に耐性、1株はINH、RFP、ニューキノロン(NQ)系薬剤に耐性、6株は主要4薬剤すべてに耐性、3株はさらにNQ系の薬剤にも耐性であった(図1)。多剤耐性結核菌は治療が非常に困難で、その蔓延防止は結核対策上、非常に重要である。
以上の結核菌株をさらにRFLP (Restriction fragment length polymorphism)法およびVNTR (Variable numbers of tandem Repeats)法により解析した結果、薬剤感受性パターンと関連し、同様の遺伝子型を示す株群(クラスター)が複数認められた。
最大クラスターはSM耐性株で、RFLP法では同一のパターンを示し(図2)、VNTR法による解析では、解析対象とした29領域中1~2領域の相違のみであり、それ以外はすべて一致していた。これまでに当センターに搬入されたSM耐性株も同様で、感染事例が異なっていてもVNTR法による遺伝子型別では相違がほとんどなく、あっても1領域程度である。この遺伝子型の結核菌はいわゆる「M株」と称されている。本菌による感染事例は、事例間の感染経路(接触者関係)が不明の場合が多い。また、本菌は、以前から都内各地で多数分離されており、当センターにおける検査総数の5%を占めている。さらに、都内のみならず国内各地からも同様の遺伝子型でSM耐性の株が多数分離されており、すでに広範囲に伝播していることが明らかである。
次に大きなクラスターは、SM、INH両剤に耐性の結核菌株である。VNTR法では29領域が完全一致、あるいは1~2領域ずつ相違が認められたがきわめて類似していた。これらとの類似株は過去に14株検出され、中にはVNTR法でこれらと完全に一致する株もあったが、都内以外の地域で分離された株には複数の相違領域のある株も存在した。
今回の解析結果から、薬剤耐性株の中にも、薬剤感受性と関連し同様の遺伝子パターンを示す株が複数存在すること、RFLP法では同一パターンであっても、事例が異なるとVNTR法では一部異なる場合があることが判明した。
VNTR法は結核菌情報を数値化できるメリットがあり、VNTRの結果に基づいた疫学調査並びに結核菌データベース構築のために重要な手法である。RFLP法以上の分解能で、株間の正確な分別を実施するためには、少なくとも24領域以上の詳細な解析が必要であるが、M株のように24領域以上でも区別できない菌株もすでに存在している。
結核蔓延阻止のための分子疫学的情報提供を目的として、東京都内におけるVNTR法による結核菌データ化を今後さらに構築・充実していくとともに、さらなる型別法の向上に向け、新たに分離された株の由来、感染源調査を継続かつ積極的に行っていく必要がある。
(微生物部病原細菌研究科)
図1.結核菌の薬剤感受性パターン(平成22年4月~24年3月に搬入された53株)
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図2 SM耐性株のRFLP法による解析 |