(一部修正 2012/12/26)
病原体レファレンス事業は、医療機関等の協力を得て、都内で発生する感染症の病原体を積極的に収集し、病原体の性状や遺伝子を比較・解析することにより、同定に必要な性状、血清型、薬剤耐性、遺伝子変異等を監視することを目的としている。本事業の一環として、主として感染症法では収集体制が確保されていない病原体を対象として解析を行なっているが、平成23年度に都立病院及び都保健医療公社病院から送付された病原体は713株であった(表1)。各病原体の解析結果は、以下のとおりである。
1.カンピロバクター
カンピロバクター属菌として送付された菌株は117株で、その内訳はCampylobacter jejuni 104株(88.9%)、C. coli 9株(7.7 %)、C. fetus 3 株(2.6%)およびC. lari 1株(0.9 %)であった。C. fetus 2株は血液由来、その他115株 (98.3%) は糞便由来であった。
血清型別はC. jejuni の104株を対象として、Lior法(易熱性抗原を用いた型別法)により行った。血清型は、型別不能の28株を除き17種類に型別された( 型別率 73.1% )。検出頻度の高い血清型は、LIO 4: 26株(25.0 %)、LIO 36: 8株(7.7 %)、LIO 7: 7株(6.7 %)であった(表2)。
2.大腸菌
下痢症患者由来の大腸菌は419株搬入された。検査の結果、毒素原性大腸菌(ETEC)は39株(9.3%)、組織侵入性大腸菌(EIEC)は1株(0.2%)であった。検出されたETECの血清群は10種類で、最も多かった血清群はO6(8株)、次いでO25(7株)、O159およびO169(各4株)であった(表3)。ETECが検出された患者の多くは海外渡航歴が認められ、推定感染地域はインドネシア、インド、タイ、ベトナム等アジア地域が多かった。EIECの血清群はO28であった。
3.サルモネラ
サルモネラは23株搬入され、11種類の血清型に分類された。最も多い血清型はO9群Enteritidisで10株、次いでO7群Infantisが3株であった(表4)。これらの株についてアンピシリン(ABPC)、セフォタキシム(CTX)、ゲンタマイシン(GM)、カナマイシン(KM)、ストレプトマイシン(SM)、テトラサイクリン(TC)、クロラムフェニコール(CP)、ST合剤(ST)、ナリジクス酸(NA)、シプロフロキサシン(CPFX)、オフロキサシン(OFLX) 、ノルフロキサシン(NFLX)、ホスホマイシン(FOM)、スルフイソキサゾール(Su)を用いた薬剤感受性試験を実施した。その結果、いずれか1薬剤以上に耐性を示した株は17株(73.9%)であった。これらの中には6薬剤や10薬剤に耐性を示す多剤耐性株も認められた(表5)。
4.エルシニア
Yersinia enterocoliticaは5株搬入された。血清型は全てO3群であった。推定感染地は2株が国内、3株は不明であった。
5.リステリア
リステリアの1株は、血液由来でListeria monocytogenes 血清型4bであった。
6.レンサ球菌
レンサ球菌は29株搬入され、その内訳は、A群レンサ球菌が8株、B群レンサ球菌が18株、G群レンサ球菌が3株であった。各群についての型別を実施するとともに、薬剤感受性試験を実施した。
A群レンサ球菌8株のうち6株は、Streptococcus pyogenesであり、T 血清型別および発熱性毒素産生性(RPLA法)を調べた結果、T1型:2株、T6型:1株、TB3264型:2株、T型別不能:1株であり、発熱性毒素産生性ではB産生株:2株、B+C産生株:4株であった。B群レンサ球菌 (S.agalactiae ) の18株の血清型は、Ⅲ型が5株、IaおよびⅣ型がそれぞれ3株、Ib、Ⅴ型および型別不能がそれぞれ2株、Ⅷ型が1株であった。またG群レンサ球菌3株とA群レンサ球菌のうち2株はS.dysgalactiaeであった。
薬剤感受性試験は微量液体希釈法で行い、供試薬剤はABPC、セファレキシン(CEX)、セフジニール(CDTR)、セフジトレン(CFDN)、TC、CP、EM、クラリスロマイシン(CAM)、クリンダマイシン(CLDM)である。その結果、S.pyogenes 1株、S.agalactiae 3株およびS.dysgalactiaeの1株が、TC・EM・CAM・CLDMの4薬剤に耐性であった。
7.黄色ブドウ球菌
黄色ブドウ球菌は83株搬入され、コアグラーゼ型と毒素産生性について調べた(表6)
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)は42株で、コアグラーゼⅠ型:8株、Ⅱ型:5株、Ⅲ型:10株、Ⅳ型:2株、Ⅴ型:1株、Ⅶ型:13株および型別不能3株であった。毒素型はSEC+TSST-1産生株が25株であり、そのうち22株(88%)がコアグラーゼⅡ型、Ⅲ型、Ⅶ型のいずれかであった。表皮剥脱毒素(EXT)B産生株は8株で、すべてコアグラーゼⅠ型であった。
メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA)は41株で、SEA単独産生株は6株、SEB単独産生株およびSEA+TSST-1産生株がそれぞれ3株であった。EXTA産生株は2株でそのコアグラーゼ型はⅤ型、EXTB産生株は2株で、そのコアグラーゼ型はⅠ型であった。また、MSSAのうち21株(51%)が毒素非産生株であった。
8.髄膜炎菌・百日咳菌
髄膜炎菌1株および百日咳菌9株を収集した。
9.その他
腸炎ビブリオが3株搬入され、その血清型はO3:K6、O1:K56、O6:K18であった。
赤痢菌は5株搬入され、それぞれS.sonnei 2株、S. boydii 2株(血清型12型および19型)、S. flexniri 1株であった。S. flexniriは、市販の血清に凝集しなかったため、当センターで精査した結果、新しい血清型である88-893(仮称)であることが判明した。赤痢菌の推定感染地はインド、ネパール、インドネシア等であった。
同定が困難として搬入された菌株のうち、子宮筋腫と卵巣のう腫の患者由来膿瘍および悪露から分離された4株は、精査した結果マイコプラズマであった。
また、肺炎患者の喀痰から分離された多剤耐性菌3株(緑膿菌、肺炎球菌、Acinetobacter baumannii)が搬入され、NDM-1遺伝子の有無を検査した結果、A. baumanniiがNDM-1遺伝子を保有していることが判明した。
微生物部 食品微生物研究科
病原細菌研究科
表1.対象病原体(平成23年4月~24年3月)
病原体 | 菌株数病原体 |
カンピロバクター | 117 |
大腸菌(下痢症患者由来株) 1) | 419 |
サルモネラ | 23 |
ビブリオ・バルニフィカス | 0 |
エルシニア | 5 |
リステリア |
1 |
レンサ球菌 2) | 29 |
黄色ブドウ球菌 3) | 83 |
髄膜炎菌 4) | 1 |
百日咳菌 | 9 |
その他 | 26 |
計 |
713 |
1) 腸管出血性大腸菌を除く |
表2.散発患者由来 C. jejuni の血清型 (Lior法)
血清型 | 菌株数 | (%) |
LIO 4 | 26 | ( 25.0 ) |
LIO 36 | 8 | ( 7.7 ) |
LIO 7 | 7 | ( 6.7 ) |
LIO 11 |
5 | ( 4.8 ) |
TCK 1 | 5 | ( 4.8 ) |
TCK 12 | 5 | ( 4.8 ) |
その他 | 20 | ( 19.2 ) |
UT | 28 | ( 26.9 ) |
計 | 104 | ( 100.0 ) |
表3.検出された毒素原性大腸菌
血清群 | 産生毒素 | 検出数 | 渡航歴 |
O1 | LT&ST | 1 | インド |
O6 | ST | 2 | インド,中国 |
O6 | LT&ST | 4 | タイ,中国(2),トルコ |
O6 | LT | 2 | インド |
O8 | ST | 1 | ケニア |
O25 | LT | 4 | インド,インドネシア(2) |
O25 | ST | 3 | 香港,インド,不明 |
O27 | ST | 3 | タイ,ベトナム,不明 |
O128 | ST | 3 | インド |
O148 | ST | 5 | インドネシア(2),ベトナム,インド,国内 |
O159 | ST | 4 | インドネシア,インド,中国,国内 |
O167 | ST | 1 | パキスタン他 |
O169 | ST | 4 | タイ,カンボジア,インドネシア,インド |
OUT | ST | 1 | フィリピン |
OUT | LT | 1 | パキスタン他 |
合計 | 39 |
OUT:型別不明
表4.サルモネラ血清型
O群 | 血清型 | 菌株数 |
O4群 | Derby | 1 |
Paratyphi B | 1 | |
Typhimurium | 1 | |
i:- | 1 | |
O7群 | Infantis | 3 |
Montevideo | 1 | |
O8群 | Hadar | 2 |
Newport | 1 | |
Corvalis | 1 | |
O9群 | Enteritidis | 10 |
O18群 | Cerro | 1 |
合計 | 23 |
表5.薬剤耐性を示したサルモネラの血清型と薬剤耐性パターン
O群 | 血清型 | 薬剤耐性パターン | 推定感染地域 | 菌株数 |
O4 | Typhimurium | CP,TC,SM,ABPC,ST,NA,CPFX,OFLX,NFLX,Su | 国内 |
1 |
O4 | i:- | CP,TC,SM,ABPC,ST,Su | 不明 | 1 |
O7 | Infantis | TC,SM,KM,ABPC,Su | 国内 | 2 |
O7 | Infantis | TC,SM,ST,Su | 不明 | 1 |
O4 | Derby | TC,SM,,Su | 国内 | 1 |
O9 | Enteritidis | TC,SM,,Su | 台湾 | 1 |
O18 | Cerro | ABPC,CTX | 不明 | 1 |
O8 | Hadar | TC,SM | 国内 | 2 |
O9 | Enteritidis | TC,NA | インドネシア | 3 |
O9 | Enteritidis | NA | 国内,不明 | 4 |
表6. 黄色ブドウ球菌のコアグラーゼ型と毒素産生性
1) MRSA
毒素型 | コアグラーゼ型 | 計 | ||||||
Ⅰ | Ⅱ | Ⅲ | Ⅳ | Ⅴ | Ⅶ | UT | ||
1)SEA | 1 | 1 | ||||||
SEA+B | 2 | 2 | ||||||
SEC+2)TSST-1 | 5 | 8 | 9 | 3 | 25 | |||
3)EXT B | 8 | 8 | ||||||
(-) | 2 | 2 | 1 | 1 | 6 | |||
計 | 8 | 5 | 10 | 2 | 1 | 13 | 3 | 42 |
2) MSSA
毒素型 | コアグラーゼ型 | 計 | |||||||
Ⅰ | Ⅱ | Ⅲ | Ⅳ | Ⅴ | Ⅵ | Ⅶ | Ⅷ | ||
SEA | 1 | 5 | 6 | ||||||
SEB | 1 | 1 | 1 | 3 | |||||
SEC | 1 | 1 | |||||||
SEC+D | 1 | 1 | |||||||
TSST-1 | 1 | 1 | |||||||
SEA+TSST-1 | 3 | 3 | |||||||
SEC+TSST-1 | 1 | 1 | |||||||
EXT A | 2 | 2 | |||||||
EXT B | 2 | 2 | |||||||
(-) | 3 | 4 | 1 | 5 | 7 | 1 | 21 | ||
計 | 2 | 5 | 4 | 6 | 7 | 1 | 14 | 2 | 41 |
1) SE : staphylococcal enterotoxin
2) TSST : toxic shock syndrom toxin
3) EXT : exfoliative toxin