東京都健康安全研究センター
腸管出血性大腸菌感染症・食中毒の発生状況および分離菌株の疫学解析成績(平成23年)

 平成23年の東京都における腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症の届出数は257件で,平成22年と比較して82件の減少であった(東京都感染症発生動向調査)。減少の要因として考えられることの1つは,同年10月に生食用食肉の規格基準が設定され,ユッケ,牛刺し,牛タタキ等,内臓肉を除く牛の食肉の提供に規制が設けられたことである。これは4月~5月に富山県・福井県を中心にEHEC O111およびO157による食中毒が発生し(患者数181名,死者5名),原因食品がユッケであったことが契機となり定められたものである。

 当センターでは,東京都保菌者検索事業に基づき,東京都内の病院,検査センターおよび保健所等で分離され,保健所を通じて搬入されたEHECについて薬剤耐性パターンやパルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)パターン等の疫学マーカーを用いた解析を行い,その成績を食品監視課および保健所へ還元している。

 平成23年に当センターで分離,あるいは搬入されたヒト由来EHECは231株であった。血清型はO157が最も多く185株(80%),次いでO26が22株(9.5%),O111が6株(2.6%),O145が5株(2.2%),O103が3株(1.3%),O91およびO165が各2株(0.9%),O121が1株(0.4%),OUT(O群型別不能)が5株(2.2%)であった(表1)。

 5月~6月にかけてドイツを中心とした欧州では,芽物野菜(フェヌグリークスプラウト)を原因としたO104:H4による食中毒が発生し,世界的なニュースとなった。患者数は4,000名以上にのぼり,死者数も50名と非常に大規模で重症者が多い事例であった。現在,O104を決定する診断用抗血清は国内では入手困難なため,病院や検査センターで分離された場合は「OUT」として報告される。今回分離されたOUT 5株について自家調製した血清を用いて精査した結果,いずれもO104には該当せず,O104株の都内への侵入は確認されなかった。

 平成23年にEHECによる食中毒として報告された事例は4事例であった。このうち3事例はO157によるものであったが,1事例は海外での食事が疑われたO26とサルモネラの混合事例であった。本稿では,PFGE解析が有効に活用された事例と,患者から原因菌は検出されなかったが,血中抗体値の測定により食中毒と断定された事例について紹介する。

 

事例1:焼肉店で発生したO157による食中毒事例

 グループ1:2月20日夜に親子・友人の3名で焼肉店を利用したところ,23~24日にかけて2名が下痢,腹痛,発熱等を発症した。検査の結果,2名からO157:H7(VT2産生)が検出された。

 グループ2:2月20日昼に親子2名で焼肉等を喫食したところ,1名が2月26日から食中毒様症状を呈し,検査の結果O157:H7(VT2産生)が検出された。当初は,それぞれが散発患者として届けられており,利用施設についても特定できなかった。しかし,焼肉店を地図上で確認する等のきめ細かい疫学調査から,共通焼肉店の利用が判明した。さらに,焼肉店の調理従事者の検便を行なった結果,1名よりO157(VT2)が検出された。これらの分離株についてPFGE解析を実施したところ,患者由来株と調理従事者由来株が一致したため当該施設を原因とする食中毒と断定された。

 

事例2:血中抗体値の測定が有効であった事例

 6月,医療機関から保健所へHUS患者(患者A)の届出があった。この患者は発症の5日前に友人17名と焼肉店を利用しており,友人の中にも発症者がいることが判明した。患者Aは焼肉店での食事を原因とした食中毒であることが疑われたが,糞便検査の結果,食中毒起因菌は全て陰性であったことから食中毒と決定することはできなかった。しかし,血清が保存されていたため,O157に対する血中抗体価を測定した結果,発症から8日目に採取した血清の血中抗体価が2,560倍に上昇していた。このことから患者AはO157によりHUSを発症したものと考えられた。その後,同時喫食者8名中2名からO157:H7(VT2)が検出され,PFGE解析を実施した結果PFGEパターンが一致した。これらの結果が焼肉店での食事を原因としたO157食中毒事例であると断定する科学的根拠となった。

 HUS患者では,糞便から原因菌を検出することは困難であり,血中抗体価の測定は原因究明のための有効な手段となる。本事例では医療機関,保健所の協力によって速やかに血清を確保し検査を実施することができた事例であった。

 

食品微生物研究科 食中毒研究室・腸内細菌研究室

 

表1. ヒト由来腸管出血性大腸菌の血清型と毒素型(平成23年,東京都)

 

血清型 菌株数 (%)

毒素型 

 VT1

VT2 

VT1+VT2 

O157 185 (80) 5 56 124
O26 22 (9.5) 22    
O111 6 (2.6) 3   3
O145 5 (2.2)   5  
O103 3 (1.3) 3    
O91 2 (0.9) 1   1
O165 2 (0.9)   1 1
O121 1 (0.4)   1  
OUT 5 (2.2) 2 3  
合計 231 (100) 36 66 129
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