東京都内で2011/2012年シーズン(2011年9月から2012年8月)に検出されたインフルエンザウイルスは、A/H1N1pdm09亜型、A/H3亜型、B型の3種類であった。特にA/H3亜型が多く検出された。2番目に多く検出されたB型は、これまで流行する系統が単一であったが、2011/2012シーズンには2つの系統株が同時に流行するなど、これまでに見られなかった流行形態であった。A/H1N1pdm09亜型はシーズンを通して遺伝子検査で1件検出されたのみであり、都内での流行は見られなかった。
感染症発生動向調査事業に基づくインフルエンザ内科定点医療機関における発生状況は、2011年第40週(10月)に採取された検体からA/H3亜型のウイルスが検出されたのを初めとして、第43週にはB型が、第46週にはAH3亜型、B型が検出された。シーズンを通してみると285検体中、A/H3亜型が135件(47.4%)、B型(Victoria系統株が41件、Yamagata系統株が18件)が59件(20.7%)、A/H1N1pdm09亜型が1件(0.4%)の計195件(68.4%)のインフルエンザウイルスが検出された。
一方、緊急検査である東京感染症アラート検査ならびに集団発生事例の検査であるクラスターサーベイランスにより搬入された70検体からは、A/H3亜型が54件(77.1%)、B型(Victoria系統株が7件、山形系統株が1件)が8件(1.1%)の計62件(88.6%)のインフルエンザウイルスが検出された。
RT-nested PCR検査によって得られたインフルエンザHA(ヘマグルチニン)遺伝子の一部断片を用いてダイレクトシーケンスにより塩基配列を決定し、アミノ酸配列に置換してワクチン株ウイルスならびに過去に流行したウイルス株と遺伝子系統樹上で比較し解析を行った。その結果、ウイルスA/H1N1pdm09亜型検出株は、昨シーズンまでの流行株と同様なグループに含まれていた。
AH3亜型の流行株は、ワクチン株(A/Victoria/210/2009;A/Perth/16/2009クレード)を含む大きな枝に含まれているが、すべての株がワクチン株とは異なったクレード(A/Victoria/208/2009クレード)に属していた(図1)。これらは、ワクチン株に最も近くワクチン類似株と思われる株、ワクチン類似株より少し離れており異なったアミノ酸の変異部位を持つ株、さらに系統樹上で離れた株の3つのサブクレードに分類することができた。AH3亜型流行株の抗原変異については世界の流行地でも同様な傾向が認められている。
B型流行株は、Victoria系統株とYamagata系統株が混在して流行する形態となった。流行規模はVictoria系統株がやや優勢であり、同じ地域や医療機関からVictoria 系統株とYamagata系統株がシーズンを通じて検出された。都内全域で2つのB型系統株の同時流行はこれまでに無く、新たな流行形態として注目される。検出されたVictoria系統株は、ワクチン株であるB/Brisbane/60/2008株と同様な枝に含まれており(図2)、多くの株がワクチン株近縁の株であるが、わずかに変異が見られる株も含まれていた。また、Yamagata 系統の流行株は、系統樹上で3つのグループに分かれていたが旧ワクチン株であったB/Florida/4/2006株に近縁な株と2012/2013年シーズンのワクチン株となるB/Wisconsin/01/2010株に近縁な株も確認された。
ウイルス分離株について国立感染症研究所配布のインフルエンザサーベイランスキットならびにデンカ生研製のワクチン株抗血清を用いたHI試験(0.7%のモルモット赤血球液を使用)に供した結果、AH3亜型分離株はA/Victoria/210/2009株抗血清(ホモHI価640倍)に対して10~320倍の様々なHI価を示した。2011/2012シーズンの分離株には低HI価(
B型分離株の内、Victoria系統株は、ワクチン株であるB/Brisbane/60/2008株抗血清(ホモHI価160倍)に対しては、10~160倍のHI価であり、一部の株に低HI価を示したが、ほとんどの株がワクチン株との交差反応性により型別可能であった。また、Yamagata系統のB型分離株は、Yamagata系統の参照株であるB/Bangladesh/3333/2007株抗血清(ホモHI価640倍)に対し10~1280倍のHI価を示し、大部分の株が参照株との交差反応性により型別可能であった。
遺伝子配列及びHI試験の結果から、2011/2012年シーズンのAH3亜型流行株はワクチン株との類似性が低下した株であったことが推察された。B型流行株は、Victoria系統株ではワクチン株との類似性が高い株がほとんどであるが、Yamagata系統株では2012/2013年シーズンのワクチン株であるB/Wisconsin/01/2010株(B/Bangladesh/3333/2007近縁株)と類似性が低下した株が一部に存在しており、今後の流行状況に注意する必要がある。
2011/2012年シーズンは2種類のB型が流行した地域が多く、WHOの報告ではA型2種類とB型1種類の3種混合ワクチン、またはB型を更に追加した4種混合ワクチンの使用を勧めている。日本におけるワクチン製造では、諸外国と異なり使用される抗原蛋白量の上限が決められており、ワクチン性能を損なわないように4種類の抗原を混合すると抗原蛋白総量が規定値を超えてしまうため3種混合ワクチンとなっている。
図1.A/H3亜型インフルエンザウイルスの分子系統樹
図2.B型インフルエンザウイルスの分子系統樹
微生物部 ウイルス研究科 エイズ・インフルエンザ室