東京都健康安全研究センター
東京都の性感染症サーベイランス事業で分離された淋菌の薬剤感受性について

 淋菌感染症は淋菌 (Neisseria gonorrhoeae) を起因菌とし、男性においては特徴的な尿道分泌物を産する尿道炎を引き起こす。女性では自覚症状に乏しいことが多く、発見されないまま他者に感染を広めたり、子宮頚管炎から骨盤内炎症性疾患等の症状に進行し不妊症の原因となることがある。また近年では咽頭部位の淋菌感染症例も増加しているが、無症状あるいは臨床症状の乏しいことが多い。
 淋菌感染症の治療においては、薬剤への耐性化が以前より問題となっており、多剤耐性化や耐性度高度化が進行している。かつて用いられていたペニシリン(PCG)およびテトラサイクリン(TC)は今日では広く耐性化が進んでおり、またレボフロキサシン(LVFX)やシプロフロキサシン(CPFX)などのフルオロキノロン系抗菌剤も耐性菌の蔓延により治療に推奨されないものとなっている。
 日本性感染症学会の「性感染症 診断・治療 ガイドライン2011」では第三世代セファロスポリン系抗菌薬であるセフトリアキソン(CTRX)、セフォジジム(CDZM)、およびアミノグリコシド系抗菌薬であるスペクチノマイシン(SPCM)が治療薬として推奨されており、確実な治療効果が期待できる薬剤とされている。
 しかし2009年に京都市で性風俗従事女性の咽頭部位から分離された淋菌株(H041株)がセフトリアキソン、ペニシリン、レボフロキサシンおよび第三世代セファロスポリン系抗菌薬であるセフィキシム(CFIX)にそれぞれ耐性を有した多剤耐性株であることが報告された(http://idsc.nih.go.jp/iasr/31/362/kj3624.html)。セフトリアキソンに対するMIC値は8 μg/mlであり、我が国では初めての高度耐性株の報告であった。この事例のようなセフトリアキソン高度耐性菌が広く蔓延するようになれば淋菌感染症の治療に困難が生じる恐れがある。
 東京都健康安全研究センターでは感染症発生動向調査事業の一環として都内の性感染症定点医療機関と共同で淋菌のサーベイランスを実施している。
 2010年4月から2013年3月までに医療機関受診者の臨床検体(尿道スワブ等)よりサイヤー・マーチン寒天培地および5%ウマ血液寒天培地を用いた分離培養を実施し、分離された淋菌99株について代表的な7種の薬剤(ペニシリン、テトラサイクリン、シプロフロキサシン、セフロキシム(CXM)、セフォタキシム(CTX)、セフトリアキソン、スペクチノマイシン)に対する薬剤感受性試験を実施した。分離された淋菌株の薬剤感受性の分布(図)およびMIC平均値・感受性菌検出率の年次推移(表)を示す。
 過去3年間のまとめでは、ペニシリン、テトラサイクリン、シプロフロキサシンにおいては感受性菌の割合が40%を下回っており、治療目的の使用に推奨出来ない現況を反映していた。セフロキシムにおいても感受性菌の割合は56%であった。また、年毎の推移をみると、ペニシリン、テトラサイクリンについては年々感受性菌が減少傾向にある。一方、セフォタキシム、セフトリアキソンにおいてはほとんどが感受性であったが、それぞれ1例ずつ別の株で感受性の基準を僅かに超えた低感受性菌が見出された(セフォタキシム:感受性の基準≦0.5 μg/ml に対し1μg/ml、セフトリアキソン:感受性の基準≦0.25 μg/ml に対し0.32 μg/ml)。なお、スペクチノマイシンにおいては現在までに都内で低感受性ならびに耐性菌は分離されていない。
 2009年の京都の例を除き、これまでに我が国でセフトリアキソン高度耐性菌が報告された事例はまだ無く、現在のところは日本性感染症学会の治療ガイドラインに則った薬剤治療が有効であると考えられる。しかしながら、高度耐性菌の出現を早期に探知し拡散防止の対策につなげるためにも今後も継続的な感染症発生動向調査による監視を続けることが重要と考えている。

(微生物部病原細菌研究科 性感染症・血清研究室)

 

 図.都内で分離された淋菌の薬剤感受性(2010~2012年度)

 

表.淋菌MIC平均値・感受性菌検出率の年次推移(2010~2012年度)

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