ヒト免疫不全ウイルス(HIV)はレトロウイルス科レンチウイルス属に属するRNAウイルスであり、後天性免疫不全症候群(AIDS)の病原体として知られている。AIDSは、発見当初には死に至る病気とされていたが、抗HIV薬を組み合わせて併用する抗レトロウイルス療法(ART)を行うことにより、完治には至らないものの、長期的なコントロールが可能な疾患となってきている。しかしながら、感染すると体内からHIVを完全に除去することは困難であるため、感染を予防することが最も重要となる。HIV感染の可能性がある場合には、HIV検査を受け、早期に適切な医療を受けることが望ましく、東京都をはじめ各自治体では、HIV検査相談の充実と利用機会の促進を目指し、HIV検査事業を行っている。
厚生労働省エイズ動向委員会の報告によると、2013年の日本におけるHIV感染者報告数は1,106件、AIDS患者報告数は484件で、HIV感染者とAIDS患者を合わせた新規報告数1590件は過去最多であった。なお、HIV感染者とはHIVに感染しているがAIDSを発症していない人を示し、AIDSを発症した患者と分けて報告されている。
東京都におけるHIV感染者およびAIDS患者数は、2008年をピークに減少に転じたが、ここ数年は横ばいの傾向がみられ、2013年のHIV感染者数は359件、AIDS患者数は110件で、2012年(HIV感染者数:369件、AIDS患者数:92件)と比較すると、HIV感染者数は2.7%減ったが、AIDS患者数は19.6%増加した。
2007年から2013年に東京都健康安全研究センターで検査を実施した南新宿検査・相談室ならびに保健所のHIV検査数の推移をみると(図1)、2007年は15,260件であったが、2008年以降減少がみられ、2010年には12,604件(2007年比17.4%減)となり、その後はほぼ横ばいの傾向が続き、2013年は13,231件であった。
四半期ごとに分けてみると(図1)、2007年および2008年は、ほぼ横ばいで推移していたが、都内で新型インフルエンザ(インフルエンザ(H1N1)2009)が流行し始めた2009年第Ⅱ四半期(2009年4月~6月)以降大きく減少がみられ、新型インフルエンザの流行がHIV検査数にも影響を与えていたと考えられる。その後は、2010年第Ⅰ四半期(2010年1月~3月)を境に増加に転じたが、東京都エイズ予防月間を含む第Ⅳ四半期(10~12月)に増加がみられるものの、それ以降はほぼ横ばいの傾向であった。2013年第Ⅳ四半期は大きく増加しており、今後の検査数の伸びも期待されるが、この増加は2013年11月に日赤でのHIV検査をすり抜けた血液を輸血したことによる感染者が報告され、検査への関心が高まったものとも考えられる。
HIV検査を受けやすい体制を作る一環として、全国の保健所等の公的検査機関では即日検査も導入されている。即日検査で使用される検査試薬はイムノクロマト(IC)法の原理を用いたもので、抗体を検出できる検査試薬(抗体IC法)と抗原と抗体を検出できる検査試薬(抗原抗体IC法)の2種類が市販されている。
IC法でも抗原検出が可能となり、感染初期の検体への使用が期待されている。そこで、抗原抗体IC法の検出感度について検討をおこなった成績を紹介する。
確認検査のウエスタンブロット(WB)法で陰性または判定保留で、かつPCR法陽性であった感染初期例の検体22件を対象に、抗原抗体IC法と各種検査試薬の検査結果を比較検討した。その結果、抗原抗体IC法で陽性となったのは19例(86.4%)で、19例すべてで抗体は検出されたが、抗原が検出された例はなかった。抗体が検出された19例は、抗体IC法および粒子凝集(PA)法でも陽性(=抗体検出)であり、抗原抗体IC法、抗体IC法およびPA法の抗体検出感度に差はみられなかった。
一方、抗原抗体IC法で陰性の3例は、抗原抗体ELISA法では陽性であったことから、抗原抗体IC法はELISA法に比べ感度等に差があることが示唆された(表1)。川畑らの報告1)によると抗原抗体IC法による抗原検出には106copy/mL相当のウイルス量が必要であるとされているが、感染初期例22例のウイルス量は3.37×103~7.60×105 copy/mLであり、抗原検出に十分な量ではなかったと考えられる。
以上のことから、抗原抗体IC法はウイルス量が106copy/mLを超えるような急性感染期の抗原検出については有効であると考えられるが、保健所等での即日検査に用いる場合には、抗原検出の有用性は低く、抗体検出試薬としての使用が望ましいと考えられる。
1) 川畑ら:感染症学会誌,87(4),431-434,2013.
(ウイルス研究科エイズ・インフルエンザ研究室)