Campylobacterjeuni(以下C.jejuni )は、細菌性散発下痢症や食中毒の重要な原因菌であり、都内では、細菌性食中毒の内、本菌による食中毒事例数が最も多く、平成17年以降11年連続で第1位となっている。その疫学的検査手法として、サルモネラや病原性大腸菌などと同様に血清型別法が用いられている。平成28年度より、当センターから報告するC. jejuni の血清型別法・表記法を変更するため、その背景について概説したい。
1.血清型別法の経緯
1977年、イギリスのSkirrowらにより、ふん便からC. jejuniを分離するための優れた選択分離培地が考案された。それ以降、世界各国で本菌に関する調査研究が行われ、下痢症起因菌として広く認識されるようになった。一方、本菌の血清型別法についても異なるシステムによる多くの研究報告がなされてきたが、相互の型別試験成績の比較ができないという問題点から、国際的な統一システム構築が望まれ、1981年Campylobacter国際型別委員会が設立された。その後、1985年、カナダのオタワで開催された本委員会において、統一システム移行にあたり、当面、C.jejuni 血清型別法として「スライド凝集反応法によるLior法」及び「受身血球凝集反応法によるPenner法」の2種類が採択・承認された。
2.わが国における C.jejuni 血清型別システム
C.jejuni の腸管系病原菌としての重要性は、我が国においても諸外国と同様に、1978年頃より散発下痢症の原因菌として注目され始め、1979年には東京都において、初めて集団事例が確認された1)。こうした事例を受けて原因食品の推定や汚染経路の調査に活用するための血清型別システムの開発が急務となっていた。そのため、8カ所の地方衛生研究所(秋田県、東京都、愛知県、大阪府、神戸市、広島県、山口県、熊本県)から成るワーキンググループが結成され、東京都立衛生研究所で独自に開発されたC.jejuni 血清型別法(TCK法)を基に型別法の評価並びに血清型の分布状況について調査を進め、その有用性を示すデータを蓄積し公表してきた。
しかし、上述の国際型別委員会による勧告以後、ワーキンググループでは血清型別法をTCK法と手法が酷似し、WHO(世界保健機構)も推奨したLior法に移行せざるを得ない状況になった。そこで、これまでの調査研究の成績を踏まえて、Lior法血清型標準株26種に加えて、わが国に高頻度に分布するTCK法血清型標準株の4種計30種による型別血清セットを分担作製し、これまでと同様な調査研究を継続することにした。その型別血清のセット内容は表1に示した。一方、Penner型別用抗血清については、神戸市環境保健研究所を中心として検討され、1993年に「カンピロバクター免疫血清」として25種類の型別血清から構成される製品が市販された。製品内容は表2に示した。
3.Lior法とPenner法の術式概要
(1) Lior法:菌体表面に存在する鞭毛抗原やK抗原様物質などの易熱性抗原の免疫学的特異性により型別する方法である。C. jejuni, C. coli, C. lari を対象に118種類の血清群に分類されている。本法は、ホルマリン処理抗原によるウサギ免疫血清を作製後、原法では同種免疫株の100℃, 2時間加熱菌による吸収操作を行い、次いで異種免疫株抗血清相互の類属反応を吸収し因子血清を作製するものである2)。ただし、この内、加熱菌による吸収操作は再現性が立証されず、実際には、この操作は省略している。術式は簡易なスライド凝集反応法である。市販血清は無い。
(2) Penner法:耐熱性の菌体抗原(LOS:Lipooligosaccharide、またはK抗原様物質であるPS:Polysaccharide)を標的抗原として型別する方法である。1989年当初、Pennerらは、耐熱性抗原をO1~O65に分類し、後にC. jejuni 40血清群、C. coli 17血清群として報告している。現在、それらの内、C.jejuni 25種の血清群が市販されている。市販品の型別法は、原法による加熱抽出3)とは異なり、亜硝酸抽出法により耐熱性抗原を抽出するものである。また抗原感作についても、原法のヒツジ生血球の代わりに固定ヒヨコ血球を用いている。術式は受身血球凝集反応(PHA; passive hemagglutination)法で、操作的には煩雑である。
4.Lior法およびPenner法によるC. jejuni血清型成績
2012~2014年に病原体レファレンス事業により、当センターに搬入された散発下痢症患者由来C.jejuni 293株の血清型につき、両法での型別率を比較した(表3)。
Lior法では、C. jejuni 293株中202株(68.9%)が型別可能であり、複数の型別血清に反応した株は5株(1.7%)、型別不能株は86株(29.4%)であった。これに対してPenner法では、型別可能株146株(49.8%)、複数の型別血清に反応したものは2株(0.7%)、型別不能株145株(49.5%)、であった。上記に示した様に、性能、操作性の面からLior 法は利便性のある型別法ではあるが、市販血清がないことが大きなネックとなり、普及し得ない状況にあった。そのため、カンピロバクターのLior 法型別用血清は1989年以来、地方衛生研究所の協働で作製してきた。しかし、近年の地方衛生研究所の頻繁な人事異動、マンパワー不足等の事情により、診断用血清を自家調製することは困難となってきた。
一方、Penner法にも多くの問題点が残されているが、市販品があることが大きな利点となり、本法による型別法を採用する施設が多くなっている。また、国際的な論文でも、本法よるものが殆どである。以上の状況から、当センターにおいても平成28年度より行政上Penner 法を採用することに至った。
表4に、両法で実施した血清型別成績を示した。LIO1に型別された株が、Penner法ではA群、B群、C群、D群の4菌型に分れる等、両法を組み合わせることでより詳細な解析結果が得られた。この手法は理想的であるが、そのためには、サルモネラや赤痢菌のように詳細な抗原解析を行い、新たなシステムの構築が必要である。また近年、Molecular Serotyping と称して、血清型関与抗原の合成遺伝子をPCR 法で検出し、型別する手法が、大腸菌、サルモネラ、赤痢菌、コレラ菌などで応用されている。C.jejuni についても、Penner 法でのPS合成遺伝子による手法が報告されてきており4)、遺伝子解析分野のさらなる進歩が、有用かつ標準的なC. jejuni 血清型別法の開発につながると期待される。
(微生物部 横山敬子)
参考文献
1) Itoh, T.et al. (1980): An outbreak of acute enteritis due to Campylobacter fetus subspecies jejuni at a nursery school. Microbiol. Immunol.,24,371-379.
2) Lior, H.et al.(1982): Serotyping of Campylobacter jejuni by slide agglutination based
on heat-labile antigenic factors. J. Clin. Microbiol., 15,761-768.
3) Penner, JL. et al. (1980): Passive hemagglutination technique for serotyping Campylobacter fetus subsp. jeuni on the basis of soluble heat-stable antigens. J. Clin Microbiol., 12, 732-737.
4) Poly, F. et al. (2015): Updated Campylobacter jejuni capsule PCR multiplex typing system and its application to clinical isolates from south and southeast asia. PloS ONE.10(12), e0144349.
表1.Lior法によるC. jejuni 型別用抗血清*
*ヒトから分離される頻度が高い30血清型
表2.Penner法によるカンピロバクター免疫血清と抗原因子
市販品添付文書より
表3.Lior法 および Penner法 の血清型別率の比較(2012~2014年)
表4.Lior法 および Penner法 の C. jejuni 血清型別成績(2012~2014年)