東京都健康安全研究センター
東京都において分離された赤痢菌の菌種、血清型及び薬剤感受性について(2014~2015年)

1.はじめに


 近年のわが国における細菌性赤痢の発生状況は、年間約200~300件、このうち東京都では40~90件程度であり、2014年及び2015年の患者数はそれぞれ41及び53となっている。今回、2014年から2015年に都・区検査機関、都内の病院、登録衛生検査所等並びに東京都健康安全研究センターで分離された赤痢菌を対象に、菌種、血清型及び薬剤感受性についてまとめたので、その概略を紹介する。

 

2.方法


 供試菌株は、都内の患者とその関係者の検便から分離された赤痢菌87株(海外渡航者由来57株、国内事例由来30株)である。
 血清型別は、常法により行った。薬剤感受性試験は、米国臨床検査標準化協会(CLSI:Clinical and Laboratory Standards Institute)の抗菌薬ディスク感受性試験実施基準に基づき、市販の感受性試験用ディスク(センシディスク;BD)を用いて行った。供試薬剤は、クロラムフェニコール(CP)、テトラサイクリン(TC)、ストレプトマイシン(SM)、カナマイシン(KM)、アンピシリン(ABPC)、スルファメトキサゾール・トリメトプリム合剤(ST)、ナリジクス酸(NA)、ホスホマイシン(FOM)、ノルフロキサシン(NFLX)及びセフォタキシム(CTX)の10剤である。
 NA耐性株についてはEtest(シスメックス・ビオメリュー)を用いてシプロフロキサシン(CPFX)、レボフロキサシン(LVFX)、オフロキサシン(OFLX)、NFLXの4種類のフルオロキノロン系薬剤に対する最小発育阻止濃度(MIC:μg/ml)を測定した。

 

3.菌種及び血清型


 赤痢菌は腸内細菌科に属するグラム陰性の桿菌で、ディセンテリー、フレキシネル、ボイド、ソンネの4菌種に分けられる。血清型はディセンテリーで12種以上、フレキシネルで12種以上、ボイドで18種以上が知られており、市販の血清型に該当しない、未承認新血清型も報告されている。今回調査した赤痢菌87株の菌種別内訳は、フレキシネル菌14株(海外10、国内4)、ボイド菌3株(海外 2、国内 1)、ソンネ菌70株(海外 45、国内 25)であった(表1)。ディセンテリー菌は検出されなかった。国内例のボイド菌1株の血清型は18型で、家族(インドへの渡航歴有)からもボイド菌(血清型18)が検出され、家庭内での2次感染が疑われた。

 

4.薬剤感受性


 供試した薬剤のいずれかに耐性を示したものは83株(95.4%)で、その薬剤別耐性頻度は、ST(86.2%)、TC(80.5%)、SM(73.6%)、NA(52.9%)、NFLX(27.6%)、ABPC(23.0%)、CP(11.5%)、CTX(2.3%)、KM及びFOM(共に1.1%)の順であった。耐性株83株の薬剤耐性パターンは20種類に分かれた(表2)。
 NA耐性菌はフルオロキノロン系薬剤に対して低感受性を示し、また、高度耐性に移行しやすいことが問題視されている。今回NA耐性を示した46株(海外 31、国内 15)について、フルオロキノロン系薬剤に対するMICを測定した結果、指標となるCPFXでは17株は低感受性(MIC:0.1~1.0μg/ml)、1株は中間(CPFX:2μg/ml、LVFX:4μg/ml、OFLX: 16g/ml、NFLX: 32g/ml)を示し、残る28株は耐性(CPFX:4~16μg/ml、LVFX:2~8μg/ml、OFLX:8~>32μg/ml、NFLX:8~32μg/ml)であった。CPFXに耐性を示した28株は、フレキシネル2a型(3株;インド由来 2、バングラデシュ由来 1)、フレキシネル3a型(1株;カンボジア・ベトナム)、及びソンネ(24株;インド 10、カンボジア 3、バングラデシュ 1、国内 10)であった。
 フルオロキノロン系薬剤耐性を示した国内事例由来株10株は全てソンネ菌であった。これら10株は2015年の1月から8月までの間に1~2か月おきに散発的に検出されており、薬剤耐性パターンは「TC・SM・ST・NA・NFLX」であった。患者は全て男性(18~40歳)で、うち4名については男性同性間性的接触と報告されたものがあり、また別の1名については他の性感染症の合併例の報告が見られた。国立感染症研究所で実施したMLVA(Multilocus Variable Number Tandem Repeat Analysis)解析の結果、これら10株のソンネ菌のうち9株は、同一または類似していることが示された。2011年にも関東地方においてソンネ菌による同様の広域的散発事例が認められたが、今回の株は薬剤耐性パターン及びMLVA型が異なっており、当時の株との関連性は認められなかった。
 CTX耐性はソンネ菌2株に認められ、エチオピア及びベトナムからの帰国者から検出された。その薬剤耐性パターンは「TC・SM・ABPC・ST・CTX」及び「TC・SM・ABPC・ST・NA・CTX」であった。両株ともクラブラン酸によるβ-ラクタマーゼ阻害効果が認められたことから、PCR法により精査した結果、エチオピア由来株はTEM型とCTX-M-1型遺伝子(+)、ベトナム由来株はCTX-M-9型遺伝子(+)であり、ともにESBL産生菌であると確認された。
 今回調査した2014~2015年分離株では、全体の34.5%を占める30株が国内由来株であった。このうち5株(全てソンネ菌)については2015年4月中旬から5月初旬の約1ヶ月間に同一区内で発生した事例であった。菌検出者5名のうち2名(共に8歳女児)は同じ小学校の同級生であり、そのうち1名と他3名(6歳、53歳、64歳)は親族であった。検出された5株の薬剤耐性パターンをみると、ST単剤耐性菌:3株、全て感受性の菌:2株と2パターンに分かれたが、MLVA型は全て一致しており同一由来株であると考えられた。同小学校には他にも腸管系の症状を呈した児童(1名は海外渡航歴有)が確認されたが、赤痢菌は検出されず、詳しい感染経路は特定できなかった。
 赤痢菌は発症に必要な感染菌量も少なく、また、食品等からの分離も難しいこともあり、国内感染例は感染源が特定できない例が多い。特に国内事例の感染経路の解明には、迅速な患者情報(性別、年齢、喫食歴、海外渡航歴の有無等)と共に、菌株情報(血清型、薬剤耐性パターン、遺伝子解析結果等)が重要である。今後も赤痢菌の菌種、血清型及び薬剤耐性の動向を注意深く監視する必要がある。

(食品微生物研究科 河村真保)

 

表1.赤痢菌の薬剤耐性菌出現頻度 (2014-2015年:東京)

*供試薬剤(10種類)の内、1薬剤以上に耐性を示した菌株

 

表2.菌種別薬剤耐性パターン (2014-2015年:東京)

  *供試薬剤:CP・TC・SM・KM・ABPC・ST・NA・FOM・NFLX・CTX

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