当センターでは、都内医療機関から搬入された検体を対象に、感染症法に基づいた細菌検査を行っている。このうち、今回は劇症型溶血性レンサ球菌とジフテリア菌について行った検査・解析事例を紹介する。
1.都内の劇症型溶血性レンサ球菌感染症患者から分離されたレンサ球菌の菌型(2010年~2015年)
感染症法において、五類感染症の全数把握対象疾患に指定されている劇症型溶血性レンサ球菌感染症(以下劇症型と略)は、溶血性レンサ球菌を原因菌として、筋膜などの軟部組織の壊死性炎症を伴い急速に全身状態が悪化してショックや多臓器不全を起こす、致死率の高い重篤な疾患である。
東京都における劇症型の届出数は、2010年頃までは年間10から20例程度であったが、2011年以降は20例を超す届出がみられ、増加傾向が続いている。昨年(2015年)は60例を超え2014年の1.5倍となった。本年(2016年)も35週現在で、すでに50例の届出がある。この傾向は、全国の届出数の推移にも同様の増加傾向として表れている(図1)。
東京都では、感染症発生動向調査事業へ協力が得られた医療機関で、劇症型患者から分離されたレンサ球菌については積極的疫学調査として菌株を確保し、疫学解析を実施している。
2010年から2015年に菌株確保ができた株について 表1 に示した。Lancefield 分類による群別で、最も多かったのはA群(90株)であり、次いでG群(29株)、B群(19株)、C群(2株)及び群別不能(1株)の順であった。A群レンサ球菌90株中86株は、Streptococcus pyogenes であり、そのT血清型は、1型 (28株:32.5%)、B3264型 (15株:17.4%)、12型 (9株:10.5%) 等が多くみられた。一方、S.pyogenes以外の菌種では、B群レンサ球菌は、すべてS.agalactiaeであり、A群レンサ球菌4株、C群レンサ球菌1株及びG群レンサ球菌29株の合計34株は、S.dysgalactiae spp. equisimilis であった。また、C群レンサ球菌の残り1株はS.anginosus であり、群別不能の1株はS.constellatus であった。
B群レンサ球菌は、2014年に5株、2015年に10株と2013年以前に比べ増加していた。その血清型は、Ib型が最も多く6株、次いでⅢ型が4株であり、この2つの型で半数を占めた(表2)。
また、S.dysgalactiae spp. equisimilis は、S.pyogenesが菌体表層蛋白質として保有しているMタンパク質に良く似た物質(M-like protein)を持っているため、Mタンパク質をコードするemm遺伝子の配列と同様にCDCのデーターベースに照会することでemm型別を行うことができる。供試34菌株についてemm型別を実施した結果、stG6792型が最も多く14株(41.2%) 、次いでstG485型が5株(14.7%)など10種類の型に分類することができた(表3)。
近年、劇症型が増加している原因は不明であるが、今後もさらに増加する可能性もあるため、型別等により流行を把握・監視して行くことが重要である。
1) Centers for Disease Control and Prevention :
Streptococcus pyogenes database.
http://www2a.cdc.gov/ncidod/biotech/strepblast.asp
2)清水可方,他,感染症誌, 67, 236-9,1993
3)奥野ルミ,他,感染症誌, 78, 10-17,2004
(病原細菌研究科 奥野ルミ)
2.ジフテリア毒素非産生Corynebacterium diphtheriaeの解析事例
ジフテリア(diphtheria)は2類感染症に分類され、ジフテリア菌(Corynebacterium diphtheriae )の感染によって起こる急性疾患である。ジフテリア菌の病原因子はジフテリア毒素であり、咽頭に感染すると偽膜を形成し、呼吸困難や肺炎の併発、重症化による昏睡や心筋炎などの全身症状を起こす。我が国における患者数は、1945 年には約8万6 千人(その約10%が死亡)で あったが、ジフテリアを 含む三種混合ワクチン(ジフテリア・百日咳・破傷風:DPT )の普及とともにジフテリアの発生数は激減し、近年では1999 年7月に岐阜県での発生が報告されている1) 。
2015年12月に都内医療機関から管轄保健所を通じ、ジフテリア菌疑いの菌株の検査依頼が約30年ぶりにあった。当センターにて解析を行った結果、2類の診断基準には該当しない、ジフテリア毒素非産生のジフテリア菌(Corynebacterium diphtheriae)であることが判明したのでその概要を報告する。
患者(24歳)は、2015年11月下旬から咳、痰、発熱の症状があり、都内医療機関を受診したところ肺炎像が確認された。当初、医療機関では結核を疑ったが抗酸菌検査は陰性であった。その一方、喀痰から分離された菌は生化学性状による同定キットにてC. diphtheriaeと判定された。このことから医療機関はジフテリアを疑い、確認検査を目的として菌株が搬入された。
当センターにて16SrRNA遺伝子とrpoB遺伝子 2)のシークエンス解析を実施した結果、当該株はC. diphtheriaeであると判定された。また、C. diphtheriaeに種特異的とされるDtxR遺伝子のPCR検査 3)も陽性であった。この結果から、当該株は細菌学的にジフテリア菌であることが確認された。
しかし、届出基準では菌株のジフテリア毒素産生性の確認が必要である。そこで当該株のジフテリア毒素遺伝子(Tox)についてPCR検査 4)を行ったが、結果は陰性であった。また、国立感染症研究所から分与された毒素及び抗毒素を使用し、免疫沈降反応を利用した毒素検出法(Elek法 5) )を実施したところ、ジフテリア毒素の産生性は認められなかった。
以上の結果から、当該株はジフテリア毒素非産生のC. diphtheriaeであり、感染症法上ではジフテリア菌としての届出基準を満たさないと判定した。
本株の特徴を詳細に調べるために、次世代シークエンサー(NGS)を用いた全ゲノム解析を行った。NGSによって得られた当該株のドラフトゲノム配列をゲノムデータベース上のC.diphtheriaeの配列 6)と比較したところ、Tox遺伝子(約1,500塩基)だけでなく、Tox遺伝子の前後を含めた約40,000塩基が欠落していることが判明した。この欠落していた塩基部分は、ジフテリア毒素を媒介するバクテリオファージが宿主であるC.diphtheriaeの染色体に溶原化した領域(プロファージ)であることが知られている。これらから、当該株はTox遺伝子を含むプロファージ全体が欠落している株であることが明らかとなった。
近年、臨床現場を中心にジフテリア毒素を産生しないC.diphtheriaeが検出される事例が散見されており7, 8) 肺炎症状を呈する例も報告されている9)ことから、本事例のように緊急な毒素産生性の鑑別診断が求められる場合が今後も想定される。
1)伊藤ら,IASR, 20,302-303,1999
2) Khamis et al., J. Clin. Microbiol.,42, 3925-3931, 2004,
3) Pimenta et al., J. Med. Microbiol., 57, 1438-1439, 2008
4) Pallen, J. Clin. Pathol. 44, 1025-1026,1991
5) Elek, Br. Med. J., 13, 493-496,1948
6) Cerdeno-Tarraga et al., Nucleic Acids Res., 31, 6516-6523, 2003
7) 中嶋ら, IASR, 28, 201-202,2007
8) 堀江ら, IASR, 32, 112-113,2011
9)本間ら,新潟県臨床検査技師会誌,49,210-215,2009
東京都健康安全研究センター
病原細菌研究科:
久保田寛顕、奥野ルミ、内谷友美、畠山 薫鈴木 淳、新開敬行
微生物部:貞升健志
協力機関
東京都保健医療公社大久保病院:
杉田知妹、古宇田寛子、上田玲子、小倉健一
自治医科大学総合診療内科/感染症科:
畠山修司
新宿区保健所:渡部ゆう、石原恵子
東京都福祉保健局健康安全部感染症対策課:
カエベタ亜矢、西塚 至、杉下由行
図1.劇症型溶血性レンサ球菌感染症発生届出数の年次推移
表1.2010年から2015年に搬入された劇症型溶血性レンサ球菌 感染症患者由来株の群別状況
表2. B群レンサ球菌(S.agalactiae ) の年次別 血清型別(東京都)
表3.S.dysgalactiae spp. equisimilis の年次別 emm 型別 (東京都)