平成27年の東京都における腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症の発生届出数は355名で、平成26年と比較して7名の減少であった(東京都感染症発生動向調査)。このうち,東京都保菌者検索事業および感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律に基づく積極的疫学調査の一環として,都内の病院,検査センターおよび保健所等で分離された菌株は,保健所を通じて当センターに搬入された。それらの菌株について,散発的集団発生(Diffuse outbreak:各地で発生している散発事例が,実は同一の感染源・食品を原因とする集団発生であること)の早期発見および感染源を特定することを目的として,血清型別試験,毒素産生性試験のほか,PFGE解析および14薬剤(クロラムフェニコール(CP),テトラサイクリン(TC),ストレプトマイシン(SM),カナマイシン(KM),アンピシリン(ABPC),トリメトプリム/スルファメトキサゾール(ST合剤),ナリジクス酸(NA),ホスホマイシン(FOM),ノルフロキサシン(NFLX),ゲンタマイシン(GM),セフォタキシム(CTX),シプロフロキサシン(CPFX),オフロキサシン(OFLX),スルフイソキサゾール(Su))を用いた薬剤感受性試験等の疫学的性状解析を行った。
1.平成27年分離株の特徴
平成27年に搬入されたEHECは313株であった。分離株の血清群はO157が最も多く225株(71.9%),次いでO26が46株(14.7%),O111が9株(2.9%),O121およびO145が各6株(1.9%),O91が4株(1.3%)等,10種類の血清群に分類された。O群型別不能(OUT)は11株(3.5%)であった(表1)。本年の特徴の一つは,O157のVT1単独産生株が例年に比べて多く,O157株全体の4.9%を占めていたことである。この点については後述する。
2.集団事例の解析
平成27年に都内で発生したEHECによる食中毒は4事例であった。代表事例の概要は以下のとおりである。
1)バイキング形式の焼肉店が原因となったO157食中毒事例
グループ1:都内の高校生29名が6月24日にバイキング形式の焼肉店を利用したところ,14名が6月25日から腹痛,下痢等の症状を呈した。患者糞便15検体を検査した結果,9名からO157(VT2)が検出された。
グループ2:6月24日に同店を利用した2名中2名が胃腸炎症状を呈した。医療機関で検査を行った結果,1名からO157(VT2)が検出された。
グループ3:6月26日に同店を利用した友人4名が6月27日から腹痛,下痢等の症状を呈し,1名からO157(VT2)が検出された。
同店の調理従事者12名の糞便検体を検査した結果,1名からO157(VT2)が検出された。グループ1~3の共通飲食店はバイキング形式の焼肉店のみであったが喫食日が異なること,調理従事者からもO157が検出されたことから分離菌株について疫学解析を実施した。その結果,薬剤耐性パターン,PFGE型が一致し,本事例は焼肉店を原因とする食中毒であると決定された(図)。当該焼肉店は,客が自ら自由に食材を盛り付けるというバイキング形式で生肉等を提供しており,1つの皿に生肉とそのままで食べる食材を一緒にのせることがあった。またトングの使用が不適切であった可能性も考えられた。
2)とんかつ屋を原因としたO157食中毒事例
7月25日(昼食および夕食弁当)~7月26日(昼食および夕食)に都内のとんかつ屋を利用した4グループ13名中6名が7月28日から腹痛,水様性下痢の症状を発症した。医療機関において,5名の糞便からO157(VT1+VT2)が検出された(表2)。分離菌株のPFGE型,薬剤耐性パターンが一致したことから,とんかつ屋の食事を原因とした食中毒であると断定された。
保健所の調査から、この店では調理器具と食材の洗浄を同じシンクで行っており,特に共通の食材として使用されていた千切りキャベツは,未消毒のシンクに水を張り,その中で洗浄していたことが判明した。さらに,豚肉,魚介類,野菜の下処理でまな板の使い分けがされておらず,調理工程中の消毒も不十分であったことから、本食中毒事例の発生要因は、食材あるいはまな板を介した二次汚染の可能性が考えられた。
3.散発的集団発生が疑われた事例
疫学的性状解析から散発的集団発生が疑われる事例が2事例あった。その1事例の概要は以下のとおりである。
一般的にわが国で分離されるO157の毒素産生性はVT1+VT2株が最も多く約70%,次いでVT2単独株が約25%,VT1単独産生株は数%未満である。平成27年に分離されたVT1単独産生O157株は11株(4.9%)であった。そのうち10株は7月10日~7月24日に搬入された株で,いずれも非運動性という特徴があった。全ての株は同一のPFGE型,全て薬剤感受性株で一致していた(表3)。患者には女性が多く,発症日は7月6日前後に集中していたことから,散発的集団発生の可能性が疑われ,再度,保健所を通じて喫食調査等の詳細な調査が行われた。その結果,数名についてはある系列店のスーパーマーケットを共通に利用しているとの情報が得られたが,関連を特定するには至らなかった。しかし患者の発症日が近いこと,O157の産生毒素がVT1と珍しい株であったこと,PFGE型が一致したこと等を考慮すると,共通の感染源を原因とした散発的集団発生であった可能性が非常に高いと考えられた。本事例は共通感染源の解明までには至らなかったが,散発的集団発生をいち早く発見し,感染源を特定することが,O157食中毒・感染症の拡大防止のために最も重要である。
(食品微生物研究科 小西典子)
表1. ヒト由来腸管出血性大腸菌の血清群と毒素型(平成27年,東京都)
図 バイキング形式の焼肉店で発生した腸管出血性大腸菌O157食中毒事例由来株の
PFGEパターン(平成27年6月)
表2. とんかつ屋を原因としたO157食中毒事例患者発生状況(平成27年7月)
菌株:O157:H7(VT1+VT2産生)
PFGE型:T-1522
薬剤耐性パターン:CP,TC,SM,ABPCの4薬剤に耐性
表3. 平成27年に分離されたEHEC O157(VT1産生株)
菌株No.1~10:
薬剤感受性試験:全て感受性
患者の発症日が非常に近く,PFGE型も一致したことから散発的集団発生が疑われた。