近年のわが国における細菌性赤痢の発生状況は、年間約200~300件、このうち東京都では40~90件程度となっており、2016年は40件であった。今回、2016年に都・区検査機関、都内の病院、登録衛生検査所等並びに東京都健康安全研究センターで分離された赤痢菌を対象に、菌種、血清型および薬剤感受性についてまとめたので、その概略を紹介する。
1.方法
供試菌株は、都内の患者とその関係者の検便から分離された赤痢菌35株(海外旅行者由来28株、国内事例由来7株)である。血清型別は、常法により行った。薬剤感受性試験は、米国臨床検査標準化協会(CLSI:Clinical and Laboratory Standards Institute)の抗菌薬ディスク感受性試験実施基準に基づき、市販の感受性試験用ディスク(センシディスク;BD)を用いて行った。供試薬剤は、クロラムフェニコール(CP)、テトラサイクリン(TC)、ストレプトマイシン(SM)、カナマイシン(KM)、アンピシリン(ABPC)、スルファメトキサゾール・トリメトプリム合剤(ST)、ナリジクス酸(NA)、ホスホマイシン(FOM)、ノルフロキサシン(NFLX)およびセフォタキシム(CTX)の10剤である。
NA耐性株についてはEtest(シスメックス・ビオメリュー)を用いてシプロフロキサシン(CPFX)、レボフロキサシン(LVFX)、オフロキサシン(OFLX)、NFLXの4種類のフルオロキノロン系薬剤に対する最小発育阻止濃度(MIC)を測定した。
2.菌種および血清型
赤痢菌は腸内細菌科に属するグラム陰性の桿菌で、ディセンテリー、フレキシネル、ボイド、ソンネの4菌種に分けられる。血清型はディセンテリーで12種以上、フレキシネルで12種以上、ボイドで18種以上が知られており、市販の血清型に該当しない、未承認新血清型も報告されている。今回調査した赤痢菌35株の菌種別内訳は、フレキシネル菌7株(全て海外由来)、ソンネ菌28株(海外21、国内7)であった(表1)。ボイド菌およびディセンテリー菌は検出されなかった。フレキシネル菌の血清型は1b型(3株)、2a型(2株)、2b型(1株)、88-893(仮称)1)(1株)であった。
3.薬剤感受性
いずれかの薬剤に耐性を示したものは34株(97.1%)で、その薬剤別耐性頻度は、ST(85.7%)、SM(82.9%)、TC(77.1%)、NA(54.3%)、ABPC(34.3%)、NFLX(31.4%)、CP(17.1%)、CTX(14.3%)、FOM(2.9%)の順であった。KMに耐性の株は認められなかった。耐性株34株の薬剤耐性パターンは14種類に分かれた(表2)。
NA耐性菌はフルオロキノロン系薬剤に対して低感受性を示し、また、高度耐性に移行しやすいことが問題視されている。今回NA耐性を示した19株(海外14、国内5)について、フルオロキノロン系薬剤に対するMICを測定した結果、指標となるCPFXでは8株が低感受性(MIC:0.125~0.25μg/ml)を示し、残る11株は耐性(CPFX:4~16μg/ml、LVFX:4~16μg/ml、OFLX:8~>32μg/ml、NFLX:16~32μg/ml)であった。CPFXに耐性を示した11株は、フレキシネル2a型(2株;インド由来およびアラブ首長国連邦由来)およびソンネ(9株;インド4、国内5)であった。
CTX耐性はソンネ菌5株に認められた。推定感染国はベトナム4例、中国1例であった。その薬剤耐性パターンはTC・SM・ABPC・ST・NA・CTXが3株(全てベトナム由来)、TC・SM・ST・NA・FOM・CTXが1株(ベトナム)、SM・ABPC・NA・CTXが1株(中国)であった。これら5株全てについてクラブラン酸によるβ-ラクタマーゼ阻害効果が認められたことから、PCR法により精査した結果、ベトナム由来3株はCTX-M-9型遺伝子(+)、ベトナム由来1株はTEM型とCTX-M-1型遺伝子(+)、中国由来1株はCTX-M-1型遺伝子(+)であり、5株ともESBL産生菌であることが確認された。
4.国内事例
国内由来株7株は全てソンネ菌で、そのうち3株は海外渡航歴のある家族からの家庭内感染が疑われる事例であった。海外との関連が認められない4事例のうち、1事例は患者情報から男性間性的接触(MSM)が疑われた。また、別の1事例についてはMSMとの情報はないものの、薬剤耐性パターン(TC・SM・ST・NA・NFLX)や国立感染症研究所で実施したMultilocus Variable Number Tandem Repeat Analysis(MLVA)解析の結果から、2015年に流行した株2)に近縁であることが認められた。これらの事例は、何らかの関連あるいは2015年に発生した散発的集団事例が完全には収束していないこと等が推察された。その他2事例については薬剤耐性パターンやMLVA解析結果が異なっており、感染経路につながる情報は得られなかった。
赤痢菌は発症に必要な感染菌量も少なく、また、食品等からの分離も難しいこともあり、国内感染例は感染源が特定できない例が多い。特に国内事例の感染経路の解明には、迅速な患者情報(性別、年齢、喫食歴、海外渡航歴の有無等)の収集とともに、菌株情報(血清型、薬剤耐性パターン、遺伝子解析結果等)が重要である。今後も赤痢菌の菌種、血清型および薬剤耐性の動向を注意深く監視する必要がある。
参考文献
1) 松下秀ら,感染症誌, 66, 503-507, 1992.
2) 河村真保,東京都微生物検査情報, 37, 19-21, 2016
(食品微生物研究科 河村 真保)
表1. 赤痢菌の菌種・血清型別内訳(2016年:東京)
( ):海外再掲
表2. 赤痢菌の薬剤耐性パターン (2016年:東京)
供試薬剤:CP・TC・SM・KM・ABPC・ST・NA・FOM・NFLX・CTX